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泡沫の音色 第四幕

殺せぬ敵





「何なんだ、てめーらぁ!」

 人垣の向こうで聞こえる罵声。覚えがあるといえばありすぎる困惑した声に、詼一はふと安堵したように眉宇を緩めた。
 どうやら、彼も正気のようだ。しかし、そのせいで、自分達と同じく襲われていると思われる。
 廻り方仲間と共にいたはずのロッシは、ただ一人広い道のど真ん中で、虚ろな暴徒と化した人間どもを相手にしていた。伸びてくる無数の腕をがむしゃらに振りほどいているが、しかし、次から次へと押し寄せる人数に苦戦を強いられ、今にも人波に飲み込まれそうである。
 その身が埋もれて消え、連中に完全に捕まってしまった折には、一体どうなってしまうのか。
 よもや喰われはしないだろうが、到底、ただで済むとは思えなかった。
 今ロッシに群がっているのは町人ばかりで、仲間の同心達は既に向こうのほうの地に寝てしまっている。
 何だかんだ言いながらも腕の立つ男なのだ。豹変した人間の中には廻り方も含まれていたのだろう。だが身内は容赦なく叩き伏せられたらしいが、丸腰の一般人にはおいそれと手出しできぬようで、十手を振り回すも、彼らに当てる気はなさそうだった。

「やめ、……離さんかコラ! いてててて、髪を引っ張るなぁ! ほんとに殴るぞ!」

 髪から着物からを掴まれ、背後から笠を引かれて首を吊りかけていたロッシの元へ、いち早く守護者二人が辿り着く。
 陣笠を掴む者に、体重を感じさせない跳躍でシンが飛び蹴りを食らわせ、ほぼ同時に、捉えられぬ程の速さの剣撃で反町が残りを打ち据えた。
 シンの乱暴な助け方に、ぐえっと唸った同心だったが、噎せながらも礼を言う。

「たす……かった……」
「ロッシ!」
「無事かえ、色男」
「げほっ……詼一、若旦那……」

 そこへ守護する者の庇護者二人が続いて駆けつけ、ジェダがロッシの傍らにしゃがみこみ、その背中を擦る。
 ずるずると摺り足でたかってくる町人らを、シンと反町、そしてどこから持ってきたのか、ひさご用にと干してあった瓢箪を振り回す湊吾が、三人がかりで牽制してくれていた。

「ロッシ。お前も正気なんだな?」

 屈み込む仲間に声をかけながら詼一が顔を覗き込むと、色眼鏡越しに問いたげな視線が向けられた。

「どうなってるかなんて、訊くなよ。俺達だって訊きたいぐらいなんだ」
「無事なのは……俺らだけか」
「おそら…く…は……?」
「なんでえ。こんなに集まっちまってよ。祭りでもあんのか?」

 詼一が言葉を途切れさせたのは、余りにもこの状況にそぐわない、場違いな暢気な声が響いたからだ。
 全員が、ざっとそちらを見る。詼一達の視線を一斉に集めても動じない老人の姿が、そこにはあった。

「羽佐間のじいさん!」
「ハァ?」

 耳の遠い爺は、どこから声がしたのか認識できなかったらしい。
 きょろきょろと首を回転させている老人の所へ駆け寄ったロッシが、その肩をがっしと掴む。

「じいさん! アンタ、正気なのか!?」
「馬鹿にするなぃ。聞こえが悪かろうが、まだボケとりゃせんわ!」
「そうじゃねぇよ!」
「……どういうことだ。何故、じいさんは狙われない……?」

 ふらふらと暢気に割り込んできた老人に、虚ろな町人は見向きもしなかった。正気の人間だけを無差別に襲っているのかと思ったのだが、どうやら違っていたらしい。
 人々の不可解な行動の切っ掛けが見い出せない詼一が必死に考えを巡らせていたとき、背中へかけられる緊迫したシンの声。

「カイイっちゃん!」
「どうした」
「鈴の音が変だ! 変わった!」
「はっきりと聴こえます! こんな不気味な鈴のを聴いたのは初めてだ……!」

 続く美剣士の硬い声色が、シンの不安を裏打ちする。
 うるせぇよ、と悲鳴じみた叫びを上げながら闘う忍の青年が、襲ってきた女性をうっかり力一杯殴り飛ばしたのを、詼一は視界の隅に捉えた。
 この中で最も感覚の鋭いシンは、奇妙な音のせいで冷静さを失いかけているようだ。おまけに短気ときたら、そろそろ力加減を誤るかもしれない。傷つけ過ぎぬよう殺さぬよう、けれども確実に気絶はさせねばならない闘いは、戦闘訓練を受けた手練れ達の神経をじわじわと摩耗させ始めていた。
 詼一は焦燥感を極めて表に出さぬよう注意を払いながら、共に腰を上げて身構える同心の男と視線を交わす。

「何か聴こえるか、ロッシ」
「残念ながら何も」

 隣で気丈に佇むジェダも、首を左右に振った。

「若旦那」
「聴こえるわけないじゃん」

 戦闘の訓練をきちんと受けたわけではない闘い方――つまるところ喧嘩の要領で防戦しながら、湊吾が投げ遣りに言う。
 反町の剣技が凄烈なため、そこまでの出番はないが、それでもあぶれた者をあしらい続けていて疲労が溜まってきているようだ。
 襲ってきてはいても、どこか無抵抗の者を殴っているような後味の悪さが、全員の精神をささくれ立たせていた。

「あーとにかく。よくは分からんが、加勢す……、っ!」

 きょとんとしていた羽佐間の爺をジェダに押し付けたロッシが十手を握り締め、守られる中心から離れようとしたその時、敵の変化に気付き動きを止めた。

「……嘘だろ……」

 呟く声は誰のものだったのか。
 刃が鯉口を滑る摩擦音。竹や木材といった、加工された乾植物が触れあう音。沈みゆく夕陽を反射させるのは、大きな菜切包丁である。
 今までただ虚ろだった町人達が、包丁だの刀だのと、銘々武器となる物を手にしていた。
 迫り来る人々の姿に、一同は愕然とする。
 こちらを睨み据える昏い瞳には、明確な殺意が宿っていた。






 敵を退け続けていた三人が、じりじりと仲間の元へ戻り、一塊となって距離を保つ。
 得物を持ちながらも抜くわけにはいかない詼一へ、反町が脇差しの一本を手渡した。

「詼一殿。これを」
「すまない、借り受ける」

 ジェダと羽佐間の爺を背後に隠すようにして身構え、いつ掛かって来られてもいいよう皆が全身を緊張させる。

「なんでえ、こりゃあ……」

 状況の全く読めていない爺様が、唖然とした声で呟いた。
 ちらりと目線だけで背後を見遣った詼一は、両隣にいる武に長けた二人へ声を掛ける。

「シン。それに剣士さん。じいさんとジェダを逃がすから、道を作ってくれ。……ジェダ。頼んだぞ」
「分かりました」

 きっぱりとした声だった。
 顔は見えなかったが、芯の強いびいどろ細工のような瞳に、きっと力が宿ったことだろう。
 華奢で可憐な容姿をいい意味で裏切る意志の強さ。やると決めたことは必ずやり遂げるし、彼女の懸命さと責任感には正直感動すら覚える。

「さて……と。じゃあ、皆。殺さないように倒して、死なないように気をつけて」
「簡単に言ってくれるねぇ」
「……あんまり自信ねんだけど」

 へらりと笑う色眼鏡の色男が、守られることに慣れた伊達男に小さな予備の十手を手渡した。
 瓢箪だけではさすがに心許なかった若旦那が、玩具を買って貰った幼児さながらに顔を輝かせる。持ってみたかったんだよね、などと言いながら、灰緑の瞳に十手をかざしていた。

「行くぞ!」

 詼一の掛け声と共に、シンと反町が競うかの如き速さで人垣に突っ込んでいく。
 こちらの動きに合わせて、人々もけだものじみた咆哮を上げながら武器を振り上げた。
 まず反町が正面の男の肩を打ち据え、鉈を地面に転がし、太股を峰で痛めつけてから、流れるような所作で、周囲の若い衆のがら空きの胴を薙ぐ。銀刃が閃くたびに、川沿いの柳の木にぶつかり、根元で伸びる人間の数が見る間に増えていった。
 彼の動きを一拍遅れで追うように、細くしなやかな黒髪が弧を描いて空を舞う。
 同時に、剣士の横では、軽々と跳躍したシンが一番前にいた壮年の男の顎を膝で蹴り上げる。体重を感じさせない挙動で着地し、倒れた人間の身体を足場にして再び跳んだかと思うと、続く斜め後ろの男の鳩尾に鋭い肘をめり込ませた。
 そこへ振り下ろされた鍬の柄を、銀光一閃、反町が受け止める。武器を取り出したシンが、長物が組み合う隙間を抜けて、男の顎に一撃を食らわせて失神させた。
 互いに一瞬視線を交わしただけで、一言も発さぬまま、また戦闘に戻る二人を見て、詼一は口許にうっすらと笑みを浮かべる。
 ジェダと羽佐間の爺を守る形で、湊吾とロッシが両脇を固め、詼一はどんじりで豹変してしまった町人達の様子を注意深く探っていた。
 やはり、灰のような黒いものが見える。
 それにシンや反町の言う、鈴の音というのも気になった。この黒い粉と鈴の音は、何かしら因果関係があるのだろうか。妖の気配を察知するのに長けている自分でさえ、黒き物には微量な悪意しか感じられないのだ。音はさっぱりである。
 腕利き二人のおかげで見事に道が開いていくが、しかし手加減をしているぶん、頑強な江戸の男などはすぐに起き上がってくる。
 ジェダの死角から一人の男が鉈を振り下ろすのが見え、詼一は咄嗟に煙管を投げるも男の手を止めるには至らなかった。

「シン!」
「ジェダちゃんっ!」

 詼一が助けを求めた忍の青年よりも、叫び声の原因にいち早く気がついた若旦那がジェダを突き飛ばす。だが、そのせいで湊吾に刃物が振り下ろされた。

「湊吾殿ッ!」

 騒ぎに振り返っていた反町が、血相を変え、らしくもなく悲愴な声を張り上げる。
 大切な幼馴染を傷つけられた剣士は、我を失うほど逆上したのか、刀を返し身を翻して飛び込んできた。

「貴様!」
「反町、殺すなっ!」

 主人の声が耳に入った反町は、咄嗟に切っ先の力を抑え軌道を変えて、かろうじて男の脚を浅く薙ぐにとどめた。
 軸を傷つけられた鉈の男は、勢いで反町の横をすり抜けてから、どうと倒れる。

「……申し訳ありません、若旦那。――お怪我は?」
「たいしたことないよ。ほら、かすり傷だ」

 湊吾がぶんぶんと腕を振り回して見せると、ほっと安堵の表情を浮かべた後、素早く目礼をして、美しい護衛剣士は再び戦禍へと身を躍らせた。
 激昂した姿など、幻だったのではないかと思うほどの冷徹さを纏って。

「湊吾殿……か」

 詼一の隣で、ぽつりと若旦那が呟く。

「いつから……呼ばなくなったんだろ……」

 寂しげな笑みを、詼一は見なかった振りをした。

「あー、イライラしてきた。カイイっちゃん目眩まし、しようか?」
「頼む」

 にやっと笑ったシンが、すっと懐に手を入れる。

「てめーら、息止めてろ!」

 忍の小道具の詳しいことは知らない。
 だが疑問を投げかける必要はなかった。
 全員が口許を塞いだかの確認をすることもなく、人を踏み台にして軽く跳躍したシンが、何かを大量にばらまく。即座に、閃光が視界を焼き、辺り一面に色とりどりの煙幕が立ち込めた。
 その間に一気に走り抜け――石橋のまで辿り着く。
 さらりと視界の隅を何かが過ぎり、そちらへ目線をやると反町がいつの間にか再び詼一の隣に来ていた。
 髪を少し乱しているだけで、息一つ弾ませていない。

「……ん。あんた、怪我してるじゃないか」

 ふと見ると、左側上腕に裂かれた傷があった。滲む血が着物を汚している。
 目が合った美貌の剣士は、ほんの一瞬照れたような表情をして、気まずそうに苦笑した。

「かすっただけで浅いですから。斯様な傷、たいしたものでは」
「あんたが斬られるとは思わなかった」

 剣客を相手に手傷を負う反町ではない。どこぞの女二人と鰻屋の女主人の三人に、包丁構えて囲まれた際にできた傷だ。さすがに斬り倒すわけにいかなかったので当て身を食らわせ眠って頂いたのだが、勢いよく地に伏す女性を放ってはおけず、その身体を支えていた時、横から薙がれたのだった。

「危うく鰻屋の女主人殿に捌かれるところでした」
「容易く言うけど……普通にまずいだろ、それは」
「あっ……」

 筋肉質であっても、見た目通りの細腕をくいと引き寄せて傷口を見る。
 と、ものの数秒も掴んでいなかった腕が、唐突に強引な力で引き剥がされた。

「はいはいはい。止血したげるからこっちおいで、反」

 引き攣れた無理矢理の笑顔で割り込んできたのは、若旦那。
 彼が取り返した幼馴染みの腕を手拭いで縛ってやるのをぼんやりと眺め、詼一は所在のなくなった手にちらりと目線を落とす。

「……ふむ」

 なるほど、こいつがいけなかったかと納得のいった詼一は、握り直した刀の柄で背後の敵を殴り付けた。



第五幕へ
番外編~反町の章~へ



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Date:2013/03/26
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Thema:二次創作(BL)
Janre:小説・文学

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