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泡沫の音色 番外編

~反町の章~



 反町が横浜の廻船問屋に拾われたのは、八歳のときであった。


 ある夜の、突然の出来事。
 屋敷に押し入った強盗達は容赦なく家人を殺め、金目の物を根こそぎ奪っていく。がらんどうになっていく屋敷に、火が放たれるまでそう時間はかからなかった。
 幼い反町を押入れに隠した両親は、隙間から覗く我が子の目の前で惨殺された。
 家を失い、家族も亡くし、行く当てすらもなかった子供は、瓦礫と死体の間をただぼんやりと佇み――やがて、ぽつぽつと歩き出したのだった。
 燻る家屋の成れの果て。屋敷にいた家人達は、炭と化した者もいれば、どす黒く変わった血に染まり倒れ伏している者もいた。感情が凍てついて麻痺してしまったかのように、見知った人達の変わり果てた姿を見ても何も感じない。回転しない幼い頭が理解したのは、生き残ったのはどうやら自分だけだということのみであった。
 どれほど歩んだのか。
 ふと気付けば、住み慣れた土地は疾うに抜け、薄暗い山道に差し掛かっている。裸足の足裏に痛みを感じた反町は、あぜにあった地蔵のそばへ手を合わせてから座り込んだ。
 これから、どうしたものか。
 親戚など知らない。行く当てもない。
 完全な日没まで、あと何時間もないだろう。進む先の山道の奥から、微かに遠吠えの声が聞こえた。このままここで、野犬に喰われて朽ちるのだろうか。

 いやだな。
 痛いかな。

 そう思いながら膝を抱え顔を伏し、自分も石の地蔵になった気分で、黙してじっとする。
 ――と、遥か彼方、微かに聞こえていた蹄の音が、だんだんと大きくなってきた。そして、目の前で鐙が鳴る音。

「……きみ。どうしたの」

 ブルル……と上のほうで馬が鼻を鳴らす。
 顔を上げた反町の前で、男が一人、馬の背から降りてきて、そうして目線の高さを合わせるように屈んでくれた。

「ぼろぼろじゃないか……。……もしかして、あの川の向こうの屋敷から来たの?」

 こくん、と頷く。

「情報通りか……。あぁ……足が酷いな。可哀想に……。――ねぇきみ、うちにくるかい?」

 男はそう言って笑って、綺麗な手拭いで反町の頬の汚れを拭ってくれた。それから自分の襟巻きを外して、細い首にぐるぐる巻き付けた後、ぼさぼさになってしまっていた反町の髪を、大きな掌で撫で付けてくれる。

「ね、そうしよう。このままここにいたら危ないよ。足の治療もしないといけないし……。ほら、おいで」

 闇に包まれつつある周囲のせいで、にっこりと笑う男の笑顔がよく見えないのが残念でならない。
 そんな思いを抱きながら、反町は頭に添えられた掌から伸びる腕を、ぎゅっと両手で握り込んだのだった。




 風呂に入れられ、身体を清められた後、柔らかい手触りの着物を与えられた。
 駆けっこができそうなほど広い座敷で、反町は現在、髪をくしけずってもらいながら、両の足裏の治療を施されている真っ最中である。
 そこへ男が入ってきた。

「旦那さま。……ほぅら、綺麗になったでございましょう?」
「やぁ、なんだか女の子みたいになったね。……先生。怪我はどんな具合ですか?」
「傷口に埋まっていた小石や砂利は取り除きました。歩くときに少し痛むかもしれませんが、まぁ若いですし、すぐに治りましょうな。……しかし……なんともまた我慢強い子ですね」

 足の裏を抉られていた間、耐えるようにぎゅっと顔をしかめるぐらいで、反町は一つも泣き言を言わなかったのだ。
 やがて両足が真っ白な包帯でぐるぐる巻きにされ、上物の絹糸のような手触りを蘇らせた黒髪は、綺麗な結い紐でゆったりと纏められる。
 完成、らしい。

「うん。……ねえ、きみ。考えたんだけとさ。行くところがないなら、ずっとここに居るかい?」

 下女も医師も、屋敷の主の唐突な発言を特に気にするでもなく、己の小道具を片して部屋から出ていった。広い空間に二人だけが取り残される。
 どこからか聴こえてくる、水の音。

「部屋も空いているし、子供は大好きだ。うちにはきみより小さいのがもう一人いるし……あ、息子なんだけどね。遊び相手になってくれると嬉しいんだけどなぁ」

 きらきらのお天道様みたいな笑顔で言われて、断れる人間がいるならば見てみたい。
 いずれにしても、すっかり身寄りのなくなってしまった反町には、廻船問屋の主人の申し出は慈雨のようにありがたかった。
 俯き、一寸もじもじとしてから、反町はこく……と頷いた。

「良かった! ……あ、と……そうだ。ところで名前をまだ聞いていなかったね。何て言うの?」
「……、……っ」
「え? どうかした……」

 口をぽかんと開けたまま、反町が困り顔をしたのを見て、主が訝しげに覗き込み――つと、同じように固まった。

「きみ……まさか……」

 自分の顔が、くしゃりと歪んだのが判る。

「まさか……声が、出ないのか……?」

 反町は、ただ唇を噛みしめることしか、できなかった。




 あの後、慌てて主人が町医者を呼び戻しに走ったのは言うまでもない。
 凄惨な体験による衝撃の、一時的なものだろうと言われた。両親が目の前で殺され、必死に悲鳴も泣き声をも抑えた結果だろう。結局反町は、筆記で名前を男に教えた。
 与えられた広い部屋にぽつんと座っていたが、やることもないので障子を開けて濡れ縁に出る。庭でも見ているほうが気が紛れるだろうと思った。
 傷ついた足裏が痛むが、少しずつそうっと床に足をつけて、ゆっくりと進む。
 ふと、隣の隣の部屋の障子紙が妙に可愛らしいことに気が付いた反町は、ついつい手を掛け好奇心に負けてそろりと開けてしまった。
 隙間から目に飛び込んできたのは、畳に散らばる幾つもの紙風船や折鶴。その奥に布団が敷いてあり、大きな綿に埋もれるようにして、小さな頭がちょこんとはみ出ていた。
 子供、だ。
 そういえば、幼い息子がいるのだと言っていたことを思い出す。その子だろうか。
 でも、こんな時間だというのにまだ寝ているの?
 そう思って、そろりとさらに障子を開けた反町は――しかし声を掛ける術がないので黙ったまま――室内へと足を踏み入れた。
 布団に近づき覗き込んでみると、ふくふくした柔らかそうな頬をりんごのように赤くして、浅く早い呼吸で眠っている少年。
 どうやら病で寝込んでいたらしい。
 それにしても、ずいぶんと苦しそうである。誰か大人を呼びに行ったほうがいいのだろうか。でも、どうやって伝えたらいいのか判らない反町は、その場に座り込んで布団からはみ出していた小さな小さな手に、そっと触れた。

「―― ……っ」

 布団にしまおうと思っただけであった。
 なのに、小さくて熱いほどの温度を持つ指が、反町の触れた人差し指と中指を、ぎゅっと力強く握り込む。
 振りほどこうと思えば、できる程度の力だ。しかし、どうしてもほどく気にならなかった。
 たった今、この瞬間。
 自分の存在を欲した力だと思ったから。
 無意識でも、人違いであっても、反町を必要としてくれていると感じることができた。

 ――ここに、いるよ――

 心の中で語りかける。
 声が出ないことを少しだけもどかしく思いながら、自分の指を握り込む小さな熱い手を、反町はふうわりと包み込んだ。
 



「たんまちーぃ!」

 元気に駆け回る姿は仔鹿のようだ。全く予想のつかない方向転換。かと思えば、急に立ち止まるからぶつかりそうになる。

「こっち! 神社!」

 あっという間に湊吾は小さな神社に駆け込み、木がたくさん茂っている中に入り込んでしまった。しゃがんで、何かを一生懸命こさえているが、途中を反町が見ると怒るので、仕方なく放っておき拝殿に向かって手を合わせた。
 うるさくしてごめんなさい、と。
 お賽銭がないなぁと思いながら、木漏れ日の眩しさに目を細め、小鳥のさえずりを聞いていたその時、甲高い悲鳴が背後から響いた。
 ばっと振り返ると、黒い着物の男が柔らかい腕を掴んで引っ張って行く。見た瞬間、一気に血の気が引いた。
 かどわかしだ。
 どうしよう、どうしようとうろたえる間に、男は湊吾の小さな身体を荷物でも運ぶかのように抱えてしまった。
 耳元でがんがんと自分の心臓の音が鳴り響く中、泣き叫ぶ声が聞こえる。自分を呼ぶ声。

 嫌だ。
 あの子が怪我をするなんて。泣くなんて嫌だ。
 いなくなってしまうなんて、嫌だ。

「……ぃ……」

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


「いやだあぁッ!」

 声が、出た。

「坊ちゃん!」
「なんだガキ! 放しやがれ!」

 大きな男の腕や着物に掴みかかり縋るが、びくともしない。
 湊吾を放してもらえないかわりに、反町が男を放すまいと必死に食らいつく。がんがん殴られるが、手の力を緩めはしなかった。

「たんまち!」
「だれか! 助けてだれか! だれか来てぇっ!」

 誘拐犯の袴を掴みながら、必死に声を張り上げる。
 喉がひりつき、掠れても反町はやめなかった。

「坊っちゃん! 湊吾どの!」
「ちっ! 放せ、こン餓鬼がぁ!」

 横っ面を一層強く殴られて、たまらず反町は地面に転がった。

「うわあぁぁん、たんまちー!」

 痛い。
 怖い。
 でも、坊っちゃんが泣いてる。
 痛みも恐怖心も懸命に我慢して、再び飛びつこうとした反町の横を、怒号と共に数人の男が走り抜けた。うち、一人が反町を助け起こしてくれる。

「なに、やってやがる!」

 近くにいた人力車の男たちが、反町の叫びを聞いて、ようやく事に気づき駆けつけてくれたらしい。道向こうに向かって声を張り上げ、さらに仲間を呼んだ。

「かどわかしだ! おめぇらこっちだ早く!」
「てンめぇ、その子を放しやがれ!」
「ちっ!」

 湊吾を抱えていた人物は、腕っぷしの立ちそうな男が歯を剥き出し向かってくるのを見て、舌打ちして子供を放り出した。
 小さな柔らかい身体が地面に叩きつけられる。

「湊吾どの!」

 痛い身体を引き摺り、打ち捨てられた湊吾の元へと反町はずるずると移動する。

「おゥ、そっちは任せたぞ! ……お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

 お嬢ちゃんじゃないんだけどな、とぼんやり思っているうちに、かどわかしを働いた下司は、あっという間に威勢のいい江戸の男達に取り押さえられた。
 大人達の間をすり抜け、先に起き上がった小さな主人が腕の中に飛び込んでくる。

「たんまち! たんまち、だいじょうぶ?」
「坊ちゃんこそ……」
「たんまち。お声、出てる」
「うん。出たね」

 検分するために反町があちこちを撫でるのをくすぐったそうにしていた湊吾だったが、あっと小さな声を上げて走って行ってしまった。
 それとすれ違うように、大人たちがぞろぞろと斎庭ゆにわから去っていく。
 威勢のいい益荒男ますらおたちに連れていかれる誘拐犯は、敵わぬと諦めたのか抵抗らしき抵抗をする素振りがなかった。
 そちらに向かって、反町が再度ぺこりと頭を下げた時、遠くで火がついたように子供が泣き出したので、また何事かあったのかと心臓が縮み上がる。

「坊っちゃん? 湊吾どの。どうしたの?」
「こわれちゃった」

 近付き小さな手に握られているものを見ると、枯れ枝に赤い実のついた植物が、紐のようなものでくくりつけられていた。そのか細い枝がぽっきりと折れ、実の一つが潰れてしまっている。きっと、先程の騒動で大人たちに踏まれてしまったのだろう。

「こわれちゃったよぅ……。た、たんまちにあげようとしたのに……かんざしっ……ぅわあぁぁん」
「ちょっ……泣かないで……。かんざしって?」

 根気よく湊吾の感情が治まるのを待ち、大事そうに壊れた植物を握りしめる小さな手を下から包み込んだ。

「前に……とうさまと買い物にいったときね、きれいなかんざしを見つけたの。見てたら、買ってあげるよってとうさま言ったんだけど、いらないって言ったの」
「どうして?」
「ぼくが買うから。でもね、おこづかいでは買えないよって。だからね、作るの」
「……かんざしを?」
「ぼくがたんまちにあげるんだもん。とうさまが買ったらとうさまがあげたってなっちゃうでしょ? だから、作ろうと思って」

 だから、これ。と言って小さな掌を広げた湊吾は、壊れてしまった工作品を再確認して、またも灰緑の大きな瞳を潤ませた。

「あっ……。あの、じゃあさ。もっともっと大きくなったら、買ってよ。買えるようになったら、買って? ね? ……それまで、ぼく髪を伸ばしてるから」

 取り繕うように言った反町の言葉に、湊吾はにっこりと笑って、元気よく応を返した。
 着物の汚れをもう一度払って、反町と湊吾はどちらからともなく手を繋ぎ、そうして帰途に着く。
 守りたい、小さな手。反町を必要としてくれた、とても大事なもの。
 これからも、きっとこんなことがあるに違いない。
 強く、なりたい。
 坊っちゃんを完璧に守れるほど、強く強く。
 きゅっと唇を一文字に結んだ反町は、剣術を習わせてもらえるよう頼んでみる決心をしたのだった。







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Date:2013/03/27
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Thema:二次創作(BL)
Janre:小説・文学

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