mj.エンドルフィン

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

FC2拍手のタグ
*    *    *

Information

□ collaboration □

泡沫の音色 第五幕

黒き粉と妖鈴




 どうやらうまく切り抜けたようで、ジェダと羽佐間の爺の姿はいつの間にか見えなくなっていた。
 襲撃者達がそちらへ方向を変えた様子もないので、このまま事態が収束するまでどこかで潜伏していてくれるとありがたい。
 適当にあしらいながら、詼一が時々中空を掴むような仕草をするのが気になって、ロッシはちらちらと剣士二人の様子を窺っていた。

「……それは妖なのですか?」
「判らないんだ。捕まえても何の手応えもない。……鈴のほうはどうだ」
「微量に鳴り続けています。やはり、鈴のほうが妖なのでは?」

 何のことかと目を凝らしたロッシが捉えたものは、町人達にまとわりつく微細な黒い粉のようなものだった。
 なるほど、詼一はこれを掴もうとしていたらしい。
 ロッシにも、彼ほどではないにしろ妖の姿を見る能力はあるが、今は生身の人間を相手することで手一杯だった。

「差し出がましいようですが……もしや、催眠術ではないかと思うのです」
「催眠術?」
「はい。鈴の音を利用し、人間を操っているのでは? おそらくは、件のおかしな入水事件もそうでしょう。……耳の遠い羽佐間殿が正気でおられたというのが証拠かと」
「しかし……それならばシンやあんたはどうなる? 聞こえているが正気だ」

 戦闘に身を躍らせながら、普段と変わりなく会話ができるというのも一種の特技と言えるのだろうか。
 ロッシなど聞くに徹するだけで、返事をするほどの余裕もなかった。質問などもってのほかだ。

「妖の仕業ならば、特定の人間を選んで避けることが可能なのでは? 私はよくは知りませんが……」
「……これが、妖の仕業だと? 入水までもか」
「ええ」
「……。妖が絡んでいることは確かだ。しかし、それだけじゃない」
「人間が関わっていると?」

 涼やかな剣士の言葉に即答はせず黙し、男らしい眉を一層寄せて眼差しを鋭くした詼一が、じゃりっと深く踏み込んだと思ったら、彼の周囲にいた四人の剣客が一気にどうと倒れた。
 小さな鍔鳴りの音。

「……うわ。見えんかった……」
「一人は反町じゃないかな? 動いたし」
「違う。二人ずつだ。カイイっちゃんは、アイツとアイツ」

 ロッシと湊吾の会話に降って湧いた忍がぼそりと呟き、振り返った時には、遥か彼方で相撲取りを張り倒していた。手心を加えるのが面倒なのか、女などを避けているあたりが笑える。

「おい、詼一よう! 妖の仕業ならさっさと片付けてくれ」
「まぁ待て。正体が掴めんことには退治しようもない」

 たとえ凶器を振り下ろされようとも、守るべき対象である町人を殴ることに気乗りしないロッシは、十手で牽制しながらジリジリと移動をする。
 刀を振るう二人の所へロッシと湊吾が辿り着いた時、詼一の側へシンが降り立った。

「カイイっちゃん……鈴、何とかしてくれ……」
「かたじけない。同感です……」

 懊悩を刻んだ美貌が二つ、詼一に縋る目線を寄越した。
 聞こえる者、聞こえぬ者。
 操られる者、操られぬ者。
 違いは、何か。
 少なくとも、襲撃者と相成った町人どもに、鈴の音が聞こえていたとは到底思えない。
 それに、自分たちだけが襲われる理由も不明だ。

「鈴がすべての元凶か? 詼一?」
「いや……まだ何か裏がある。そんな気が……する」

 その時、一際大きく異様な音色で鈴が鳴ったのを、忍の青年が捉えた。
 小柄な身体をびくんと小さく痙攣させたシンは、咄嗟に詼一の袂を掴み、周囲の仲間らに叫ぶ。

「だ――駄目だ……! なあ! 音ってどうやったら消せるんだ!?」

 急に必死な形相で焦り出したシンの様子に、皆は真剣な表情で顔を見合わせた。
 精緻な感覚を持ち得る青年の反応を見て、只事ではないと誰しもが全身を緊張させる。

「反町、判る?」
「音とは、空気の振動です。大気の揺らぎが……――」

 突如言葉を途切れさせ、はっとしたように空を見上げた反町の目に映ったモノ――。
 それは、大仏の頭ほどあるかというような巨大な鈴、だった。







 空中にぽっかりと浮かぶそれには、大きな目が一つ付いていて、ギョロギョロと動いている。
 下方横長の穴から細かな光が見えた気がして、そこへ集中してみると、巨大な鈴の中に、幾つもの小さな鈴がびっしり入っているらしかった。そして、見えた光がすべて小さな鈴についた一つ目だと気づいた瞬間、ロッシの全身は一気に粟立つ。込み上げる怖気で叫びたくなる衝動を必死に堪えた。
 なるほど、シンが言ったとおりである。
 神社などにある大きな鈴と、小さな鈴。

「……見える? 初めて見たなぁ……」

 やけにのんびりとした声を出したのは、若旦那だった。
 しかしその顔は無表情で、やや青褪めているところを見ると、単に驚き過ぎで恐怖の感情が追いついていないだけのようである。

「――来るぞ!」

 素早く、借りていた刀を反町に返した詼一が、腰に差した己の妖刀に手をかけた。

 リ゛イイィィィィィ!!

 大気を振るわす凄まじい音で、鈴が鳴き出した。
 一同は咄嗟に耳を塞ぐが、詼一は気丈にも斬撃を繰り出し、衝撃波のようなものを放つ。しかし、妖には届かない。
 おぞましい音だった。
 おおよそ本坪鈴とは思えぬ響きだ。殺意や悪意などという、禍々しい感情すべてを音に変換すれば、斯様な音色が奏でられるのだろう。
 ロッシは、ふと己の腕に妙な力が加わったのを感じた。
 十手を握る右手、それがどうもおかしな動きをみせようとしており、訝って目の前の反町を見ると、彼も険しい表情で自身の腕を押さえている。
 操られようとしている――。
 確信だった。
 意識を乗っ取れないと判った妖が、肉体の自由だけでも手中にしようとしているらしい。
 ぐん、と十手を持つ腕が、見つめていた剣士のほうへと向かった。意思とは全く関係なく、それは驚きの表情を見せる美貌に振り下ろされる。

「わわっ! よけろ、頼む!」

 慌てたロッシが叫ぶまでもなく、反町は軽々と攻撃を避ける。が、その拍子に自身を戒めていた集中力が途切れたらしい反町が、まるで右腕に引き摺られような格好で、ある方向へと突進していった。
 右の手首を押さえているが、切っ先は真っ直ぐ、彼の主を捉えていた。

「湊ッ……!」

 絶望的な表情で蒼褪め、回避の警告も出ないほど動揺している反町に、湊吾は、ゆったりと微笑んだ。
 そこへ、刃は振り下ろされる。

「――!」

 金属同士がぶつかる音。
 湊吾の前に立ちはだかり、反町の一撃を受けとめたのは詼一だった。
 ぎりぎりと小刻みに震える刀が、互いの力がいかなるものかを語っているが、おそらく力量で言えば詼一のほうが断然上だろう。だが、蜘蛛丸を反町に振るうわけにもいかず、かといって少しでも緩めれば自身がばっさりと薙がれるのは明らかだ。
 拮抗した状態のまま、詼一の額に汗が伝う。

「……あんた。どうしたんだよ」
「勝手に動くのです。手が、操られて……いえ、違う。操られているのは、刀のようです……」
「刀が?」
「指も開かず、手から離れません。引っ張られて……どうすることも……ッ」
「カイイっちゃん、よけてくれぇッ!」

 鍔迫り合いをしながら言葉を交わしていた二人の頭上から、悲鳴に近い声が降ってきた。
 背後の空を見上げれば、クナイを両手に引っさげたシンが、詼一めがけて飛び込んでくる。
 咄嗟に、交えた刃を巻き上げるようにして、しかし弾き飛ばすのではなく、上手くクナイにぶつけてそれぞれの力を殺した詼一は、飛び退る際シンから最も距離を取った。
 反町は、刃こぼれすることも厭わず、硬い地面に己の相棒を付き立て、これ以上の悲劇を防ぐ。

「……っ、湊吾殿! なぜ逃げなかったのですか!」
「なぜって……。別に斬られても構わないと思ったから」
「構わないわけないでしょう! 私は、危うくあなたを殺すところだった……!」
「反町が俺を殺すわけないじゃん」

 その自信はどこかくるのかと思うほどの、余裕の笑顔。
 きらきらと光る灰緑の瞳を見つめられ、反町の肩から一瞬、力が抜けた。

「……それに、俺は反町がくれるものならなんだって貰うよ。たとえそれが刀傷でも」
「私はあなたの刀です! 主を傷つけるなまくらなど……!」
「……主、ね……」

 あんなに自信満々に光っていたのに、護衛剣士の一言で異国を漂わせる瞳に翳りが差す。
 何となく痛々しいやり取りを見ていられなくなったロッシは、もう一組の小競り合いに目を向けた。
 どうやったのかは知らないが、こちらは既にシンが詼一に後ろから羽交い絞めにされているところである。
 忍の身体からは何が出てくるのか全く判らない。一旦離れたものの、距離を取ることが一番危険だと踏んだ、正しい判断だった。

「カイイっちゃん、殺してくれ」
「……馬鹿言うな」
「駄目だ! カイイっちゃん殺すくらいなら、死んだほうがマシだ。俺に、『いのち』をくれた人なんだぞ……!」
「だったら尚の事、生きてくれ」

 感情のままに振舞う猫のような青年が泣きそうな表情で懇願し、詼一はそれに穏やかに微笑んだ。
 何だか、こちらも見ていられない。
 遣り切れないような切なさに胸を締め付けられたロッシは、とうに放り出した十手を拾いに行くでもなく、懐から本連数珠を取り出した。







 いつもの無表情はどこへやら、ぐったりと項垂れている反町の元へ駆け寄ったロッシは、まず湊吾に顔を向けた。
 きょとんとした表情の湊吾と目が合う。

「ちょいと、触ってもいいか?」
「え?」

 反町が不思議そうに見上げ、湊吾が一瞬の後、笑い出した。

「いいよ。でも、何する気? ……それ、数珠だよね……」
「解いてやる」
「解くって……」
「いいから、任せとけって。……その代わり、あれを何とかする方法を考えてくれ。あんたは頭がいい。何でも良いからやってくれ」

 次の瞬間、南蛮渡来の色眼鏡越しの瞳が、いつになく真摯な色を纏ったことはきっと誰にも見えなかっただろう。
 木製の本連数珠を反町の右腕ごと刀に巻きつけたロッシは、手刀で空を切る。

「――はッ!」

 気合を入れられ、真っ先に呪縛を解かれた反町が、俊敏な動きで身を翻す。
 次に羽交い絞めにされているシンに駆け寄ったロッシは、同じように呪縛を解いてやった。
 鋭い印象の瞳をぱちくりとさせて、こちらを見つめるシンに口の端を上げて見せ、そのまま数珠を首から下げる。
 何を思いついたのか、近場にあった茶屋に駆け込んだ反町が団子粉が入った袋を抱えて出てきて、それをいきなり天高く放り投げた。

「若旦那!」
「あぃよ、どうぞ」

 身を低く屈めた湊吾は、主人の作った掌の踏み台に躊躇なく足をかけた反町を、彼の飛び上がる呼吸に合わせて上に持ち上げてやる。
 長い髪をなびかせ、空中で柄に手をかけ、一閃。
 団子粉の袋を切り裂いた反町は、落下しながらも刀で風を起こし、粉をさらに散らす。いち早く剣士の思惑を察したロッシが足元にあった小石を、白くけぶる中へと投げ込み、続いてシンがクナイを飛ばした。

「耳を塞いで! 伏せてください!」

 落ちてきた従者を受け止めた湊吾がそのまま倒れ込んだと同時、寸分違わず小石に命中したクナイから微細な火花が散って――瞬間、中空で凄まじい爆発が起こった。
 轟く爆音と、衝撃波。
 粉塵爆発により、一瞬で空中に巨大な火柱が上がる。
 その爆炎を切り裂き、妖の目前に現れたのは、シンの助けを借りて跳躍した詼一だった。
 銀光が、閃く。
 目玉のど真ん中、幹竹割からたけわりに斬られた鈴は、断末魔の悲鳴を上げる間もなく、消滅した。
 立ち上る炎は一瞬で消えたが、熱風で近くの幟に火がつく。爆音の余韻で耳鳴りのような大気の振動音が響くなか、聴覚の戻らぬまま起き上がった一同が目にしたものは、呆然と立ち尽くす町人達の姿だった。

「終わったのか……?」
「鈴の妖は斬った」
「じゃあ、終わったんだな?」
「……、いや……」

 やけに呆気ない幕切りだと思わないでもなかったが、詼一の退治劇は案外あっさりしたものなのだ。
 しかし、ロッシの言葉に妖怪退治屋の男は首を横に振った。

「妖は、……意味なく人を殺めたりしない」
「それって……」
「誰でぇ、こんな町中で花火なんざあげやがった馬鹿は!」
「消せ消せ! 桶持って来い! こんな火、火消し呼ぶまでもねぇ」

 会話がどら声に遮られた。
 正気に返った人々は、もう詼一たちのほうなど見向きもせず、幟から屋台へと飛び火した目の前の火事を収めにかかる。爆音の記憶があるのか、なぜか原因が花火だと思い込んでいるのが奇妙な可笑しさを誘った。

「まだ終わってないと……いう…のか?」

 おそるおそる質してくるロッシにあっさりと頷くことはできず、詼一はこの場を離れることを皆に目顔で促すにとどめた。
 別の意味で一気に慌しくなった周囲。その波の流れに逆らって一同は歩き出す。

「……な、詼いっさんよ。町の皆の異変が鈴のせいだって言うのは確かなんだろ? 羽佐間のじっちゃんは判るとして……どうして俺らは操られなかったんだ?」

 カラコロ下駄を鳴らしながら、若旦那が訊ねてくる。
 それについては、思うところがあった。
 もともと、詼一に妖の影響はない。湊吾とジェダは具わるようの力が強いゆえ、反町とシンはその精神力ゆえに操られなかったのだ。
 それゆえ、妖は仕方なく得物を操作したのだろう。

「じゃあ、南蛮かぶれはなんでなんだ?」

 そう説明すると、当然の質問がシンから発せられた。
 火のついていない煙管を咥えたまま、詼一は青年に向かって微笑む。

「ロッシは、実は寺の息子なんだよ。生半可な妖の力は通用しない」
「あ、そうなんだ」

 疑問に答えてやれば、彼は合点がいったような表情で興味のなさそうな声を出し、それから、ちらりと色眼鏡の男を見上げた。
 吊り気味の目を細めてにやりと笑う。

「じゃあ、いずれ坊主決定か。良かったな。ハゲがバレなくて」
「あっ、てめぇ! 言ってはならんことを!」

 相も変わらず頭髪のこととなると大人げないものである。
 ひと段落したせいか、仲間の間に和やかな雰囲気が戻りつつあることに口元を綻ばせた詼一だったが、なぜか彼は、すっと何気なくある方向へと視線を流した。





→第六幕へ



スポンサーサイト

FC2拍手のタグ
*    *    *

Information

Date:2013/03/27
Trackback:0
Comment:0
Thema:二次創作(BL)
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。