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追いかけっこの結末は





「反町、たんまち! たーんーまーちー!」

 何年経とうとやかましいことに変わりのない男の声に、反町は心密かに嘆息する。部屋に入ってきてから名を呼んだって問題ないだろうに。何だって廊下から連呼するのだ。

「ここにいますよ」

 蝶番が外れかねない勢いで扉をはね開けられる前に、反町がドアから半身を出して迎えた。
 自分の姿を確認して、相好を崩した湊吾は、廊下にいるにもかかわらず華奢な身体を抱きすくめる。

「反町、会いたかったぁ!」
「会議なんて、たかだか数時間でしょ。馬鹿なこと言ってないで、お入り下さい。今、お茶を淹れますから」

 ぺしりと軽く後頭部をはたいて抱きついている身体を離させ、湊吾のために設えられた部屋へと主を招き入れた。
 横濱商会の跡取り息子とはいえ、社内の肩書きはまだ新米である。社長の息子という立場にあぐらをかいて社員会議をすっぽかしていたのでは、後々トップの座を継いだとき誰もついてこない。
 部屋に入ってすぐ、湊吾はさっさとネクタイを外しシャツのボタンをも外し、袖を捲り上げてしまった。
 きちんとした身なりをして黙っていれば結構な男前なのに、少しばかり勿体無いと思う。
 そんな反町の心の声などまったく気付かない湊吾が、灰緑の瞳をキラキラさせながら注文をしてきた。

「紅茶、さ。フォションのハニィムーンがいいな」
「かしこまりました。……パウンドケーキは?」
「反町が焼いたの?」

 緩く括った長い黒髪の毛束を弄びながら、反町の肩に顎を乗せるようにして、ひょいと湊吾が手元を覗き込んでくる。
 ブランデーにたっぷりと漬けたドライフルーツをふんだんに練り込み、アプリコットジャムを塗ったパウンドケーキは、反町のお手製だ。
 家政婦のタキが焼いたものだってとても美味なのだが、湊吾が幼少の頃から世話をしていた彼女は、まだ彼を子供扱いするため菓子に酒を一切使わない。二十代も半ばになっている湊吾には物足りないらしかった。

「ええ、そうですよ」

 肯定の返事を返すと、じゃあ食べると言って、湊吾は反町の頬に小さな音を立ててキスをして、手刀が飛んでくる前に慌てて逃げた。
 ペティナイフに手を伸ばしかけていたため、仕置きをし損ねた反町は内心で舌打ちし、頭の中で湊吾の脳天に一撃を食らわす。
 そんな一連のやり取りの間、一貫して無表情である反町だった。

「そうそう、反町。これ見てよ」

 パウンドケーキを切り分けていると、ソファーに腰掛けながら湊吾が数枚のコピー用紙を手渡してくる。ティーポットにお湯を注ぎ入れてから、それを受け取り目を通した。

「これは?」
「綺麗だろ? 俺が選んで、発注してもらったの」

 繰っていくと、女性向けの雑貨やアクセサリーが幾つもプリントされていた。
 和柄の髪留めやベルト。ちりめん細工のかんざし、ピアス、ストラップ……等々、和風で統一されたデザインの品々がずらりと載っている。

「いいじゃないですか」
「だろだろー? 反町に似合いそうな物ばっかセレクトしたんだ」

 弾むような口調。
 無表情だった反町の眉根が僅かに寄った。

「……なんですって?」
「だから、反町に似合いそうだなって」
「あ……なたの判断基準は、そこなんですかっ?」
「そだよ? いっつもそうだけど」

 二の句が告げない反町は紙束を湊吾に返し、黙然と紅茶を温めておいたカップに注ぐ。
 社長室ほどではないにしろ、そこそこ豪奢に誂えてある広い室内にふくいくたる香りが漂った。

「何か、問題が?」
「ないはずないでしょう」

 公私混同甚だしい。
 いくら反町が湊吾の秘書であっても、彼のセレクトは私情が入りまくりだ。

「売れなかったらどうするんですか。いくら小物でも、積み重なれば赤字は必至です」
「売れるに決まってんじゃん。俺が選んだんだよ? こういうセンスって、俺親父譲りなんだよねー」

 この自信は一体どこからくるのだろう。
 吐きたくなった溜め息を飲み込んで、ワゴンをテーブルの傍まで引いていき、カップと小皿を並べる。
 そういえば、このスクウェアフォルムのケーキ皿セットも、湊吾の見立てだ。
 ……まぁ、趣味がいいことは認めよう。
 パウンドケーキをフォークで切り分け口に放り込み、うまーと破顔している湊吾を反町はじっと見つめていた。


***


 お茶セットを片して部屋に戻ってくると、だらしのない格好で湊吾がソファーで眠っていた。
 肘掛部分に頭を乗っけて、反対側に足を投げ出し。片腕など身体の上からずり落ちて、下にだらりと垂れ下がっている。その上、口まで開いていて阿呆面の寝顔を惜しげもなく晒して下さっていた。
 玉の輿を狙う女子社員たちに見せてやりたいだだくさっぷりだ。
 けれども、こんな風に無防備に眠れる湊吾を、反町は好ましく思う。

「あ……風邪を引いてしまうか……」

 夕闇が迫り来る室内は、空調が効いていることもあって涼しげになってきた。脱ぎ捨てられ無造作にソファーの背凭れに引っ掛かっている湊吾のジャケットを、持ち主の上にそうっと掛ける。ケットか何かあれば良いのだろうが、あいにくこの部屋にそんな物はないし、取りに戻るぐらいなら起こして連れ帰った方がマシだ。
 ソファーの足元に跪いて、だらんと力なく下がった腕を取り、ジャケットの中に仕舞おうとして……反町は湊吾の手をじっと見つめた。
 自分よりもずっと小さかった手のひらは、いつの間にかすっかり大きくなってしまっている。節の目立つ長くて細い指。
 一ミリ程度白い部分を残して切り揃えられた爪は、つるつるとしていて手触りが良かった。けれど指の腹では微細な感触までもは得られず、いささか不満を覚えた反町はまろみのある指先を唇で軽く挟み、上唇で擦るようにして滑らかな爪の感覚を楽しんでみる。剥離もおうとつもない感触に満足し、口を離した。
 手の甲の骨をなぞって撫でると、その上を這う弾力のある血管に触れる。
 大人の、男の手だ。
 背だって見下ろしていたのに、何年か前に追い抜かれた。
 あどけない雰囲気のまま、小さかった坊ちゃんが『男』になっていく。
 反町は無意識に撫で続けていた大きな手のひらを、そっと自分の顔に持っていき、頬擦りをするようにひたりと触れさせた。
 温かな熱に頬が包まれる。

「……ん……」

 かすかな呻きが聞こえ、反町は湊吾の手を静かに解放した。

「こんなところで寝なくてもいいでしょう」
「あ……たんまち……」

 しょぼしょぼと数回目をしばたたかせてから、大きなあくびを一つ。
 半覚醒のまま、湊吾は緑灰色の瞳で身を屈ませて同じ高さにある反町の顔をじっと見つめ、ややあって、へにゃりと笑った。

「目が覚めて、反町がいないとどうしようって思うんだよなぁ……」
「……覚醒一番に見る顔なら、もっと愛想が良いほうがよろしいのでは?」
「じゃあ、もっと笑ってよ。反町の笑顔も笑う声も、俺好きだよ」

 そんなことを言われても、意味もなくにこにこしたり出来ないし、乏しい表情は変えようもない。
 わずか困ったようにうっすらと笑んでみせてから、反町が腰を上げようとした瞬間、すっと手がこちらに伸びてきた。
 どこを触るでもない、宙に浮いたままの手のひらに一瞥をくれて、再び真っ直ぐに湊吾に視線を戻す。

「なんです?」
「反町さぁ、暑くないの?」

 くっと襟首に指がかかった。

「慣れていますから」
「見てる方が暑いんだよな」

 言いながら、さっさとマオカラーを開いていくこの油断の無さ。
 いつもきっちりと留められている襟を開かれ、肌を露にされると妙に落ち着かない気分になる。
 特に何をされるでもないのだが、普段滅多なことでは人目に晒したりしない肌であるだけに、何より、湊吾に見られていると意識すれば余計に胸がざわついた。

「ん、よし。……へへ、お揃いー」
「だらしのない格好を強要しないで下さいよ」
「反町の肌、綺麗だよな」
「聞いていますか? ……あまり、見な……」

 不意に強い力で頭部を引き寄せられ、口づけられた。目を閉じることも忘れ、驚きに目を瞠ったままでいると、焦点の合わない至近距離で湊吾の灰緑の瞳とぶつかる。
 常ならざる抗えない強さに、反町は戸惑った。
 キスをすることなど、初めてではない。
 頬に額に、手に。油断した隙に掠め取るみたいにして、唇にも。
 だが、湊吾のしてくる行為のそれもこれも、軽く行き過ぎたスキンシップだと考えていたのだ。
 けれどこれは、違う。
 明らかに、何らかの意図が含まれているような気が、した。
 昔から好きだと言って憚らない反町の髪を、湊吾の大きな手がかき混ぜるように動く。しなやかな黒髪が男らしい指に絡み付いていることだろう。
 がっしりと頭を抱えられてしまい、ますます逃げることが叶わなくなった。
 いつものように、軽くいなして離してくれる気配がしない。
 さてどうしたものかと無抵抗のままされるに任せていたが、開かれた襟に侵入するかのような動きを持って無骨な手が添えられたとき、思わず反町は身を硬くしてしまった。

「……っと、……ごめん」

 弾かれたように顔を離した湊吾は、なぜか驚いた表情をしていた。

「寝惚けてる?」
「……かな? 帰ろっか、反町」

 妙な空気を誤魔化した反町に、湊吾も便乗してくれる。
 伸びをしながらソファーから立ち上がり、ジャケットを肩に掛けて先に部屋を出ようとする主人の後ろ姿を見つめながら、反町もそれに続いた。
 こうして、背後に仕えるのは自分だが、なぜか反町はいつも彼に追いかけられている気がする。
 昔はそれこそ、泣きながら名を連呼し追いかけてきた。今はどうだろう。
 後ろを、追って来られているだろうか。
 正面から迫って来られてはいまいか。

「……反町?」

 振り返る背中がすいぶん遠くにある。気付かぬ間に足を止めてしまっていたらしい。

「今、行きます」

 魅力的で目を離せない、灰色がかった緑の瞳。
 それだけではない。
 腕も、髪も、仕草や吐息ですら。湊吾を構成する全てのものに、反町は敵わない。
 自らの意思で逆らわないそれらが、真っ直ぐに自分に向いている。
 はっきりと正面からぶつかったとき、自分は一体どんな答えを出すのだろう。



end?



プラセボ】こち様への贈呈品。『君の、特別な』の続きのつもりで書いたもの。
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Date:2013/06/01
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Thema:BL小説
Janre:小説・文学

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