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『イーハトーヴ』

 週に数回そこへ通うことは、特別深く打ち込む趣味を持たない専業主婦の、密かな贅沢だった。
 市立図書館を目印に曲がり、脇道に入ってしばらく道なりに進むと、眼鏡とコーヒーカップのイラストに挟まれ、『Cafe&Glass イーハトーヴ』と書かれた手書き風の看板が見えてくる。
 三台止められればいいようなスペースしかない駐車場と、二十席程の小さなカフェ。そこが、最近の亜紀子のお気に入りの店だった。
 午後二時半を過ぎた頃に、亜紀子は『イーハトーヴ』へと向かう。
 小さな店だが、料理が美味しいと評判で人気があり、ランチタイムは表に人が並んで待つ程ごった返しているのだ。遠方からわざわざ車で来るOLまでいるのだと聞かされ、驚いたものである。
 店の前で一瞬立ち止まり、服装や髪の乱れをざっと整えた亜紀子は、ドアをゆっくりと開けた。
 しゃらんと鳴るドアベルの音色と、朗らかな声に迎えられる。

「いらっしゃいませ」

 カウンターの向こうから、二十代半ばと思われる男がグラスを磨きながら亜紀子に微笑みかけてくれる。
 このカフェの若き店長、梶浦である。
 今日は清潔な白のワイシャツにシックなネクタイを締め、脛辺りまである黒いソムリエエプロンを身につけていた。細身の長身に、ギャルソンスタイルがよく似合っている。
 それにしても、訪れるたび異なる眼鏡をかけている男だ。カフェと眼鏡屋とを兼営しているぐらいなのだから、やはり眼鏡にはこだわりがあるのだろう。
 短くカットされた髪を茶色くブリーチし、それを固めてトゲのように逆立てている。すっきりとした精悍な顔立ちであるが、笑うと垂れ目気味の眦がより下がり、愛嬌たっぷりの人懐こい顔になるのだ。陽気な仕種と表情がせっかくの美形を台無しにしているのだが、そこがこの男の魅力なのだろう。
 控えめに奏でられているジャズが心地好い。
 暖かさを感じる間接照明に照らされて、壁面備えつけの棚に並べられた数々の眼鏡が小さな光を放っていた。壁だけではなく、天板が二重になっているテーブルの中にも、眼鏡やサングラスが展示されている。
 ランチタイムには販売を断っているようだが、コーヒーを飲みながら眼鏡の購入について話し合っている姿は見かけたことがあった。よほど変わったフレームでなければ、レンズの調整もできるらしい。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

 二人用のテーブル席のひとつに着くと、フロアスタッフの女性がお冷やを運んできてくれる。

「ブレンドコーヒーとチーズケーキ、お願いします」
「畏まりました」

 にっこりと微笑んで、手作りの味のあるメニューを回収し、無駄のない動きでカウンターの中に入っていく彼女を眺めて、亜紀子は無意識に自分の頬に掌で触れていた。
 綺麗な女だ。
 大人っぽいので三十路を越えているようにも見えるが、彼女は妙に無邪気なところがあり、やたら若く見える時がある。自分より若いのなら問題ないのだが、もし同い年ぐらいならばなんとなくショックだ。
 美人のウェイターに、よく見れば美形の店長。もう一人、厨房に店員がいるはずなのだが、こちらは滅多に顔を出さない。「角南くん」と呼ばれているところを聞いたことがあるので、奥にいるコックは店長よりも若い男なのだろうと推測するだけだった。
 なんにせよ、コーヒーも料理もスイーツも美味しく、目の保養までできるという、素晴らしい店なのだ、ここは。
 ちらちらと時計を見やりつつ、亜紀子はその『目の保養』を待った。

「お待たせ致しました」

 美しく整えられた指が、コーヒーとケーキの皿をテーブルに置いていく。

「ありがとう……」
「いらっしゃいませー」

 にこっと微笑んでくれる彼女に、亜紀子も笑みを浮かべて礼を言った時、かぶさるように店長が新たな来客に声をかけた。自分への給仕が済んだ女も、どこか親しげな声音で「いらっしゃいませ」と告げる。
 見るとはなしにつられて店の入口に顔を向けると、そこには待ち望んでいた人物が立っていた。
 店内の誰もが、一瞬、息を飲む。
 すらりとした痩身。玲瓏たる白皙の美貌。
 女性的でもないというのに、彼はとても男だとは信じがたいほどの美しさを持っていた。
 腰あたりまで伸ばされた艶やかでやわらかそうな黒髪、長い睫毛に縁取られた黒曜石の瞳、繊細に通った鼻梁、華奢な頤に、露を含んだような桜色の唇。それらが完璧な配置で、小さな顔に収まっているのだ。
 ドアベルがかしましくならぬようゆっくりと扉を閉めた男は、まるでこの世のものとも思えぬような美貌と存在感で周囲を圧倒させながら、真っ直ぐカウンターに向かった。
 カウンター席の一番壁際の席には、アンティークなサイフォンが調度品として飾られてあるのだが、彼が来ると店長の梶浦はテーブルの上を片付けて場所を確保する。要するに、そこは常連客である彼の定位置であり特等席で、サイフォンは他の客が誰も座らないようにとの妨害の装飾であるらしい。

「ご注文は?」
「……いつもの」

 にこにこと嬉しそうに微笑む梶浦に比べ、冷徹ささえ感じるほどの無表情の佳人は、高低の入り交じった不思議な声で答えた。生成りのマオカラーシャツが夢のような存在に相応しく、浮世離れした雰囲気を一層深めている。
 フォークを握ったままケーキをつつくことも忘れ、亜紀子は暫し艶かしい美貌を斜め後ろからうっとりと眺めた。
彼は細い脚を組むでもなく携帯電話を取り出すこともなく、カウンターの上で軽く指を組み、ただじっと店長の所作を見つめている。
 流れるような手つきで佳人の注文の品を仕上げた梶浦は、恭しささえ感じられるほどゆったりとティーカップを彼の前に置いた。桜色の唇が小さく動く。「どうも」、だろうか。
 にっこりと微笑んだ梶浦が、口許に笑みを湛えたままふと唐突に店内を見回す。それを機に、客の停止していた時間が動き出し、例外なくはっとした亜紀子もケーキを口に運び始めた。それでも、コーヒーを飲みながらちらちらと視線をやってしまうのはやめられない。
 親しげな様子で店長と話しているが、主に喋っているのは梶浦で、美貌の男は相槌をうったり二言三言返すぐらいである。会話の内容は今かかっている音楽のことらしいが、あまり聞き耳を立てるのも非常識だと思い、敢えて意識を逸らせた。
 テーブルのガラスの下から、いくつもの眼鏡がこちらを見ている。
 残念ながら、これらの魅力は亜紀子には解らない。眼鏡をきっかけに梶浦と親しくなることは不可能で、間接的に彼の情報を仕入れることも、自然と不可能であるということだ。
 元より華やかさとはかけ離れた人生を歩んできた亜紀子にとって、しょっちゅう行くスーパーマーケットのレジ係のおばさんと少しの言葉を交わすことが精一杯であり、こんな洒落た店の人間と親しくなることなど夢のまた夢だった。
 ぬるくなり始めたコーヒーを飲み干した亜紀子は、分を弁えて叶わぬ夢を諦め、そっと静かに席を立つ。
 伝票を手にレジへと向かう途中、不自然にならぬよう、もう一度ちらりと綺麗な人を窺い見た。
 まるで、絵画のような横顔。

「ありがとうございました」
「ごちそうさまでした」

 会計をしてくれた女性店員に挨拶をして出ようとした時、カウンター内から梶浦が歩み寄ってきた。

「いつもありがとうございます。これ、コーヒーのサービスチケットです。良かったらどうぞ」
「あ……す、すみません。ありがとうございます……」

 邪気のない笑みを浮かべた店長につられて笑顔になってしまった亜紀子は、唇の微笑みをなかなか消せないまま、店を後にする。
 サービス券を頂いてしまった。
 また、来なくては。
 だが、憶えてもらっていたという気恥ずかしさと喜びとがない交ぜになり、また行きたいような行きたくないような不可解な気分に陥る。信号で止まった際、鞄にしまったチケットを取り出して眺めた。プリントアウトしたものを切っただけの、手作りのチケットだ。シリアルナンバーは打たれているが、有効期限は書かれていなかった。
 リピーターを狙って、というよりかは、常連客への感謝の意が込められたチケットのようである。
 やはりなんだか面映ゆくなった亜紀子は、しばらく経ってからまた訪れようと思った。
 サービス券にがっついていると思われたくないし、もう少し自分の存在を忘れてくれた頃に行きたかったのだ。
 憶えて欲しいのに、忘れて欲しい。
 複雑な心境を抱え、亜紀子は帰途に着いたのだった。



end.

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Date:2013/02/04
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Thema:自作BL小説
Janre:小説・文学

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