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無錠の檻



 彼が何を求めているのか。
 自分をどうしたいのか。
 解らないわけではない。

 どうして応えられないのか。
 なぜ躱し続けるのか。
 解らないわけがなかろうに。

 ――それでも、どうしても、あなたは私に選ばせると仰るのですか……






無錠の檻






 薄い耳朶でアクアマリンのピアスが光る。
 付かず離れず湊吾の半歩ほど後ろを歩く反町は、小さな青い輝きを見るとはなしに見つめ、持ち主の瞳の方が綺麗だと漠然と思った。
 クウォーターであるがゆえの灰色がかった緑の湊吾の目。光によって色みを変化させ、猫の瞳のように気紛れで、ころころと印象をよく変えた。
 無邪気な子供のあどけなさ。
 理知的な様相を映すときは、彼の計算高さを伺わせる。
 そして雄の獣を潜ませた、肉食の獰猛さ。
 意識的なのか無意識なのかは知らないが、湊吾は反町に対して巧妙にそれらを使い分けるのだ。けして振り回されているわけではないと言いたいが、湊吾に『男』の目で見つめられると、どうにも胸がざわついて仕方がない。
 彼が何を考えているのか――いくらなんでも、それを察せぬほど子どもではなかった。
 じゃれあいが抱擁に、スキンシップが愛撫に変わっていくのを別に従容と受け入れていたわけではないが、かといって今更強く拒否するのもおかしい気がする。
 それに――嫌ではないのだ。
 自分に向けられる湊吾の愛情が、表現法に多少問題がありこそすれ、不本意ではないので反町は拒まない。
 嫌ではないという自分の心が、何より厄介だと理解はしているのだが。

「……反町。この道通ってみてい?」

 茫洋と眺めていた顔が不意にこちらを振り返り、反町は我に返る。少し考え込んでしまっていたらしい。
 車での買い物ではなく、徒であるのが珍しく楽しいのか、目についたものを片っ端から覗いていた湊吾だが、いよいよ店ではないものにまで興味がいったようだ。
 車で通り過ぎれば気付くはずもないような細道。建物と建物の間の、人二人分くらいの脇道を、やたらキラキラした表情で湊吾が指差していた。

「そんな脇道……どこに出るかも分からないのに……。迷子になっても知りませんよ」
「平気へーき。分かんなくなったら誰かに訊けばいーじゃん。看板あるから、何か店もあるみたいだし」

 どうせ異を唱えても行きたければ絶対に行くくせに、なんだって訊ねたりするのだろう。
 うきうきと進んでいく湊吾の後ろ姿についていきながら、反町はこっそりと嘆息した。

          ◆ ◆ ◆

「――……なんだ……。なーんか、何もないところに出ちゃったな」
「ほら見なさい。別に面白くもなかったでしょう。……戻りますよ」
「えー。おんなじ道帰るのって、勿体なくね? あっち行ってみようよ」
「湊吾さま……」

 思わずじと目で見つめ文句を言おうとしたとき、矢庭に数人の男たちがどこからか現れて、湊吾と反町を遠巻きに囲んだ。

「……道を訊きたいわけじゃ、なさそうだよね?」
「木刀持ってナイフちらつかせた迷子はいらっしゃらないと思いますよ」
「……横濱のお坊ちゃん。一人でのんびり買い物とは、ずいぶん暢気なんだな」

 手ぶらの男が口を開く。やはり、湊吾狙いらしい。

「一人って……。反町のこと見えてないのかな」
「ガラも悪ければ頭も悪そうですが、まさか目も悪いとは。……お気の毒な方ですね」
「……~~お友達と一緒に暢気に買い物とは、いい度胸だな!」

 言い直した。

「お友達かぁ。……恋人には見えないのかなぁ」
「そもそも違うものには、いくらあの方でも見えないでしょう」
「そこの別嬪さん。怪我したくなかったらさっさと逃げなよ」

 反町により近い位置に立つ痩せた男が、威嚇のつもりか、見せびらかすように木刀を肩に乗せた。
 にやついた表情といい、かけられた言葉といい、本当に反町のことを湊吾の友人だと思っているらしい。
 湊吾は父親の仕事の関係上、こんな風に危険な目に遭うことがままある。
 そのため、彼のSPとしての訓練も多少は受けていたが、外見だけ見れば反町は湊吾よりも小柄で華奢である。しかも、これ見よがしなSPという格好でもないので、湊吾の護衛係だと見られることは、まずほとんどなかった。

「別嬪さん、てとこは合ってるけどね。……逃げるはないなぁ」

 湊吾が自信たっぷりの表情で答えた。
 その通りであるし、たとえ反町が逃げるとしても、その時は主人と一緒である。
 この手を、離したりはしない。――絶対に。

「なに、暢気に構えてンだよ! おまえら、さっさと車に連れて来いや!」

 苛ついた怒鳴り声にそちらへ目線を向けると、スーツ姿の男が黒塗りの車のそばで立っているのが見えた。あいにく、遠くて顔までもは確認できない。リーダー格なのだろうが、黒幕という感じはしないので、雇われチンピラの頭というだけだろう。
 湊吾を誘拐して来いとでも命を受けたのだろうが、かどわかしとはまた、リスクの大きい方法を取るあたり、どうせ黒幕も大したことはないに違いない。
 リーダーのお叱りの言葉に、ナイフを持った金髪の男が二人に近づいてきた。

「ちっ。……さ、お坊ちゃん。ちょっと来てもら……」

 金髪男が言い終わる前に、何気ない動作で反町は素早く距離を詰める。
 刃物を持つ手首を掴んで捻り上げるも、突然なことに対応できなかった男は、ろくな抵抗もないままナイフを取り落とした。反町はそれを遠くへ蹴り飛ばし、掴んだ手首を離さぬまま、さらに力を加えて右肩の骨を外してやる。
 ごきん、という鈍い音と手応え。

「ぐあぁッ!」

 呆気に取られていた残りのチンピラどもが、反町を敵と見なすのにそう時間はかからなかった。
 真っ先に我に返ったのは、木刀を持った痩せぎすの男だ。

「……てめェ!」

 咄嗟に湊吾を背後に庇い、振り下ろされた木刀を躱しながら手の甲で払い、武器の勢いを相殺する。
 突っ込んだスピードを止められず、前のめりにバランスを崩した男の背後に回った反町は、ステップを踏むように軽く跳躍し、短く刈り上げられた後頭部へ容赦なく蹴りを入れた。

「ぐがっ……!」

 アスファルトへの熱烈な口づけをかました男の手から、木刀が離れる。それを湊吾が反町のほうへ軽く蹴って寄越してくれた。

「反町っ」
「ありがとうございます」

 もともと、素手での戦闘は得手としない。だが、街中を行くのに、まさか六尺棒を持ち歩くわけにもいかなかったので、今日は武器となる物を持ち合わせていなかった。
 仕方なく、武器はお借り致すことにする。
 さっと得物を拾い上げ、振り向きざま、後ろに迫って来ていた男の胴を打ち据えた反町は、屈んだ姿勢のまま木刀の柄の底に手を添えて、脇を押さえている男の腹に尖った切っ先を突き込んだ。肉に先端がめり込む感触。

「……ンの野郎っ!」

 横から攻撃を仕掛けてきた次の男へ対抗しようと反町が身構えた瞬間、あさってのほうから何かが飛んできて、中身の軽そうな頭にクリーンヒットした。
 よく見ると、靴下に革靴らしきものが入った、簡易ブラックジャック。

「……湊吾さま」
「ほらほら、よそ見しない」

 口の端でそっと笑い感謝を示す。
 思わぬところからの攻撃を食らった男が、標的を湊吾に切り替える前に、反町は低姿勢のまま素早く一歩踏み出し、敵の膝裏を木刀で打ち据えた。たまらず地面に膝をついた男の顎を、間髪入れずに柄部分で殴り脳を揺らして、あっさりと立てなくしてやる。
 続けてかかってきたもう一人を、棒高跳びの要領で木刀を地面に立てて軸にし、首に回し蹴りをお見舞いしてやった。
 殺さぬよう、しばらくは立ち上がれぬよう。
 反町の戦い方は、そんなところだろう。
 すでに趣味となりつつある鍼灸のおかげで、人体のツボは心得ている。となると、おのずと人間の弱点も見えてくるわけで。
 足りない力の部分を、スピードと技と、急所を的確に突くことで補った。

「……さ。とっとと帰りますよ」

 二人を取り囲んだチンピラどもを片した反町は、飄々と構えていた湊吾の手を取って走り出す。
 遠くにいたリーダー格の男が、こちらに向かってくるのを目の端で確認しながら、銃なんか持っていてくれるなよと願った。いくらなんでもこんな細い路地で撃たれたら、横に避けられない分きっと当たってしまう。
 主人を先に走らせ、自分が背中を護るか逡巡していると、湊吾の大きな手が反町の華奢な手をぎゅっと握ってきて、隣に並んだ。
 ふと見上げた先にあるのは、強い光を宿す灰緑の瞳。

「となり」

 優しく細められる眼差しに、きゅうと胸が切なくなった。

          ◆ ◆ ◆

 強引な行動。
 悪戯と掠めるようなキスと、明るい口調。
 いつも通りだ。けれど――

「でもうちに引き取られなかったら、こんな目に遭うこともなかったかもしんないじゃん」

 小さな擦傷を手当てしてくれる主人の口から飛び出した言葉に、反町は血の気が引いたのを感じた。
 湊吾を護れることが嬉しい。
 主人のためならば、この身などどうなったって構わなかった。
 ただ湊吾のためだけに、反町は存在しているというのに。
 処置のため俯いているせいで、長い前髪に隠れた湊吾の瞳が見えない。

「……会えなかったほうが良かったと仰いますか?」

 声は震えなかっただろうか。
 自分の声が、水の中にいるように遠い。

「反町?」

 なんと言えば良いのか。どう言えば解ってもらえる?

「私は……」
「解ってる。ごめんな、変なこと言って。……解ってるから……」

 そっと添えられた大きな手と、その言葉に安堵する。
 噛み締めた唇を開かせる雰囲気を伴って、湊吾が顔を寄せてきた。
 無意識に綻ぶ自分の唇に、ほんの少し羞恥が込み上げる。
 口づけは最初優しく、しかし、徐々に激しく深くなってきて反町は戸惑うが、湊吾は意に介さずベッドへと自分を押し倒した。かすかに歯が触れ合う。
 流れ込む唾液さえも甘く感じるほどのキス。
 腰が砕け、力が抜ける。

「ふっ……ンぅ……」

 鼻に抜けるような漏れる吐息が、自分のものだなんて信じられない。
 ぞくぞくと身体の中心を走る感覚から、いっそ逃げ出してしまいたかった。
 こんな口づけを、いったいどこで覚えてきたんだと責めてやりたいが、あいにくと誰よりも主人のそばにいるのはずっと自分だけなのである。
 そして、灰緑の澄んだ瞳に映っているのは反町だけであることも、もう識っている。
 骨ばった『男』の手が、きっちりと隠された襟元を開いていき、思わず身体を強張らせた。
 肌を這う大きな手の意図するところ――解らないわけではない。
 拒むつもりはないが、せめて心の準備くらいはしたくて、力の入らない腕で覆いかぶさる身体を少しだけ押した。その手首をぐっと掴まれて、拡げるようにベッドに縫いとめられる。

「湊吾さまっ……」

 普段、露にならない肌が無理矢理に主人の下で晒されて、焦った反町はついに根を上げた。
 こんなにも力の差があるなんて、正直に言えば、少し怖い。

「あはは、ごめーん」

 いつも通りの、無邪気な笑顔。
 異様なほど高まっていた淫靡な空気が、一気に霧散した。
 ぺろりと舌を出した悪戯小僧のような表情の奥に、獲物を目の前にした獣の舌なめずりを隠して。

 ――あなたはそうやって、私を麻痺させていく。

 つい止めてしまったものの、どうせなら、いっそ無理矢理に奪ってしまってほしかった。
 強引に追い詰めておいて、そのくせ最後の最後には手を引いてしまう。
 そうして、彼は自分に選ばせるのだ。
 逃げ場をなくし、後戻りもできない反町の目の前で、湊吾は両手を広げて待っている。主人と従者という枠組みを越えてくるのを。
 狡猾な罠を仕込んだ、あなたの笑顔の、無実の罪。
 優しくて居心地のいい、不自由な自由でがんじがらめだ。
 強い光を宿す魅力的な瞳は、ひたすら真っ直ぐに反町しか見ていない。
 こんなふうに閉じ込めなくても、自分はどこにも行きはしないのに。
 この心も、身体も、命でさえも。
 すべて、あなたのもの。
 何もかもを忘れてその腕に飛び込んでしまえたら――
 はたして自分は、この誘惑にいつまで打ち勝つことが出来るのだろうか。




end.




プラセボ】こち様への贈呈品。『密室』の対のテキストです。
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Date:2013/06/01
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Thema:BL小説
Janre:小説・文学

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