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火花




 小さく弾ける火花。
 伴う、鋭い痛み。

「いたっ」
「……静電気ですね。申し訳ありません」
「いや、これは反町のせいじゃないでしょ……」

 さらさらと目の前で揺れ動く綺麗な長い黒髪。いつもなら、どれほど掻き混ぜてぐしゃぐしゃにしようとも、軽く首を振ればさらりと元に戻るはずのそれが、ふわふわ逆立って揺れていたのだ。
 空調で揺れているわけではない髪を見て、これはと思った湊吾が反町の背中へと手を伸ばした途端、バチッと小さな音を立てた。

「乾燥していますからね、今日は」
「もっと大きな加湿器買おうよ」
「ええ、そうですね。頼んでおきましょう」

 とんとん、と書類を重ねて揃えた優秀な秘書は、それを封筒に入れて口を閉じる。あの茶色い丸に、湊吾はうまく紐を巻けたためしがない。
 仕事も終わりそうな雰囲気を読み取って、暗にお出掛けしようと誘っているのだが、当人はそれに気づいているのだろうに、事務的な返事を返した。
 いや、気づいているからこそ、か。
 むうぅと唇を尖らせた湊吾は、ふと、またしても秘書の髪がゆらゆら重力に反した動きをしているのを捉える。
 はて、どうやら今日の反町の服の素材が、静電気をもたらすもののようだ。セーターを着ている自分が触れ合って火花が起きるのも頷けた。
 にやりと悪戯っぽい笑みを浮かべた湊吾は、そうっと幼馴染に近付いていく。
 この手で彼の髪を触れば、絶対にもっと広げてやることができるだろう。放射線状に広がって、収拾のつかなくなった長い髪で困惑する反町が見たかった。いや、それとも、顔にひたりと貼り付いて取れなくなる可能性もある。それもきっと面白い。
 なんにせよ、今、湊吾は反町を困らせてやりたいのだ。
 朝から自分を放ったらかしで反町が一生懸命やっている今の仕事は、明日帰ってくる父に必要な書類ばかりだからだ。
 つまり、父が帰国するから、この男は朝から嬉しそうにせっせと働いている。湊吾のお茶も忘れるほどに。
 それが腹立たしかった。
 だから、これはちょっとした憂さ晴らしだ。
 自分よりもあのおっさんを優先した罰。

「たーんまち」
「え?」

 怜悧な美貌が振り返るより早く、その髪留めをほどく。
 そして、帯電している髪を、掌で撫で付けた。

「え、なに……」

 不思議そうな表情を見つめながら、にやにやして繰り返す。
 離せば、案の定、掌に引っ付くようにして長い髪が、ぶわわと広がった。

「なっ……!」
「あはははは!」
「湊吾さま!」

 押さえつけても押さえつけても、まとまらない髪を持て余したまま反町が怒る。
 水水、と言いながら部屋を出て行く後ろ姿についていきながら、湊吾は少しだけすっきりしていた。

----------

 そういって、じゃれあっていたのが、数時間前。
 その少し後に使いで出た反町は、そのまま、行方をくらました。

 横浜家当主が帰国するまであと約一時間。
 反町を拘束したと、ある組織から連絡が入った。

----------

「……そうか、やはり奴らか」
「いかが致しましょう。G会に協力を……」
「いや、事を大きくするのはまずい。借りを作れば後々面倒だ」

 横浜家の屋敷の奥――滅多に人の出入りのない部屋での会議は、横浜家当主と一部の配下の者だけで行われる。
 当主が裏の顔になる時だけ、この部屋が使われた。

「あれから、連絡は?」
「電話ではあれきりです。……先程メールが入りまして……添付ファイルに反町殿の写真が」

 ノートパソコンが当主の席に運ばれ、それを見た横浜の眉が険しく寄った。
 座敷牢とおぼしき場所に拘束されている細身の男が写っている。
 見たところ目立った外傷はないし、目を閉じてはいるものの、座っているのならば意識はあるということだろう。写真を撮られていることを判っていて、澄まして座している。肝の据わった子だ、と感心した。と、同時に切なくもなる。
 喚いたり睨みつけたり、そんなことはしない子なのだ。
 必ず助け出されると信用してくれているなら良い。自分などどうなったっていい――そう考えるようなところのある人物なのである。
 あまり、時間はかけられないかな……。
 痛めつけられるのならば、まだまし。
 薬など使われたらおしまいだ。
 薄めの唇に指を持っていった当主の前から、パソコンが引かれた。

「無事のようです。今のところは、ですが」
「……そうだな。まぁ、指や耳じゃなくて良かった」
「髪も、な」

 重厚な扉を開いて突如入ってきたのは、彼の一人息子だった。
 ノックも何もない。だが、それを咎める者も、誰もいなかった。
 愛しい人の面影をくっきりと遺す端正な面差し。
 息を切らせている湊吾にゆっくりと目線だけを寄越した横浜家当主は、怒りと焦りに占められた灰緑の瞳を見据えた。

----------

「何の用だい。湊吾。ここには入ってはいけないと……」
「反町が攫われたんだろうが! 俺に関係ないわけ、ないだろっ!」

 怒鳴りながら、ゆったりと閉まった扉を拳でガンと殴る。
 痛みなど、感じなかった。
 久し振りに見る父親の顔。
 冷静なその瞳が、やけに憎らしかった。
 犯人などもう判っているはずだ。なのに、こんな場所でのうのうと会議をしている神経が信じられない。
 見たところ、裏の配下の人間は揃っているように感じる。まぁ、すべてを知っているわけではないが、重要人物は揃えられているはずだった。

「反町は……!」
「無事だよ。……今のところはね」
「何やってんだよ。さっさと警察に」
「無駄だと思う。どうせ、若いのが一人、スケープゴートとして差し出されるだけだよ。きっと未成年だ」

 トカゲの尻尾切り。
 連中の手口を解っている湊吾は、ぎり、と奥歯を噛み締めた。

「それに、そんなことをすれば彼は戻ってこないよ」

 戻ってきたとしても、無事ではないだろう。
 自分の大事な綺麗な花がどんな目に遭わされるのか、今尚、いかな目に遭っているのか。考えるだけで、湊吾は臓腑が煮えきりそうだった。
 衝動的にくるっと踵を返した湊吾に、父親が珍しく厳しい声を出す。

「待ちなさい。お前が行ってどうなるものでもないだろう」
「じゃあ、じっと待ってろって言うのか! 反町が酷い目に遭うのを、指咥えて待ってろって言うのかよ!」
「手は打つ」
「誘拐なんだろ。身代金は?」

 馬鹿みたいに破格な金額を吹っ掛けてくるとは思っていない。一人息子の湊吾ならばともかく、ただの秘書なのだ。
 一部下でしかない人間を攫って、それで大金を払ってもらえると思っているのだろうか。
 低い声で訊ねた息子に、当主は苦笑を浮かべて肩を竦めた。

「身代金、ね。確かに……金額にすれば計算するのも嫌になるくらいなんだが……」

 どういう意味だろう。

「……それなりに下調べもして、こちらの対応も何手も読んでいるみたいだな、相手も。反町を狙えば、お前が何も言わないわけはない。一人息子の頼みを、私が断らないとでも踏んだんだろう」
「だから、どういうこと……」
「奴らが要求してきたのは、うちに代々継がれてきた上海ルートだ」

 真っ直ぐ湊吾を見つめた怜悧な瞳は、至極真剣に正直に答えてくれた。
 その回答に、灰緑の目が瞠られる。

「それって……あの、じーさんのじーさんから仲良くしてきたってやつか……?」
「そうだ」
「めちゃくちゃ重要なモンじゃねーか……」
「そうだよ。重要だ。あのルートを失えば、我が横濱商会のダメージは甚大だ。ましてや先祖代々の絆を、こちらから一方的に断てば信頼関係にも大いに影響が出る。彼らが持つコネクションにも、うちは一切取り次いでもらえないと言うことにもなるだろう」

 上海のお友達、と湊吾も昔から教えられてきたくらいだ。よほど大事に抱えてきている流通経路なのだろう。
 あれを取られてしまえば、横濱商会は上海での裏の庇護を失うと言っても良い。
 それを寄越せとは。

「まさか……」

 ごくりと喉を鳴らした湊吾は、震える唇をいったん舐めた。
 指先が冷えていく。掌が、嫌な汗で湿っていく。

「まさか、あいつを売ったりしないよな……? 反町を……見捨てたりしないよな?」

 自分とは違う、日本人にありがちな茶色の瞳がこちらを真っ直ぐに見つめてくる。
 怜悧な眼差し。整った顔立ち。冷たい印象を受ける容姿のくせに、笑うと途端に人懐っこい顔になる父親。
 この父が、優しく反町に微笑みかけるところを、湊吾は何度も目にしてきた。それこそ、自分が嫉妬を覚えるほどに、二人は仲が良かったのだ。
 しかし。
 代々受け継がれてきた重要な裏ルート。
 それを、律儀に家業を継ぐ父親が、安易に捨てられるとも思えなかった。
 駄目だ。
 そんなのは、駄目だ。
 乾く唇を、湊吾は舐めることも忘れて、ただじっと『当主』の顔をする父親を見つめていた。
 反町がいなくなると、この家が再びバラバラになってしまう気がした。
 そして、もう二度と、修復は不可能になる。
 縛り上げるのではなく、やんわりと優しく、けれどもしっかりと束ねてくれる瑞(みず)の小紐。
 彼がいなければ、現在の横浜家はない。
 切実な思いで横浜家当主を見つめていた湊吾だったが、無表情とも取れる端正な顔が、突如ふっと和らいだ。

「なんて顔をしてるんだ。いい年にもなって、この子は……」

 突然、『父親』の表情になった男の顔を、湊吾は唖然とした心地で眺める。

「そんな泣きそうな顔をするんじゃない。彼がいないと、泣き虫なあの頃に戻ってしまうのかい?」
「……っ」

 もう一度唇の端を引き上げた父は、くるりと傍に佇む部下の一人に向き直った。

「中山。今から電話をして、上海ルートのすべてを教えてやりなさい」
「え。は、はい」
「なっ……」

 その場で驚愕の表情をしていないのは、当主だけであった。

「電話で信じてもらえないなら、私が直接、組へ出向こう」
「ま、待てよ、おっさん!」

 年齢にしては若く見える顔が、くるりと振り返る。

「……いいのかよ? 大事なんだろ?」
「まぁね。大事だよ。これから失うものを計算するのが、嫌で嫌でたまらない。上海では動きにくくなるだろうね」

 うんざり、といった表情や仕草を、隠す素振りもなく見せてくれる。
 素直に率直な心情を露呈する父を、湊吾は黙って見つめていた。
 そういえば、大きくなってから、こんなにも言葉を交わしたのは初めてかもしれない。
 こんな声をしていた。
 こんな顔をしていた。
 憶えている気はしていなかったが、忘れてもいないつもりだった。
 だが、なぜだか聞いたことがない気がする。

「とうさん……」
「大事なものは、もう、失いたくない。あんな裏ルート、あの子の命と引き換えにしてまで、守るべきものじゃないんだよ。湊吾」

 はっきりと告げる。
 微笑んでいるようにも、真面目に厳しい表情をしているようにも見える顔をして、父親は湊吾から目線を外した。
 ゆったりと歩き始めながら、当主は部下を引き連れて部屋を出て行く。

「……すべて教えてやれば良い。その代わり、仕掛けをすることを頼んだぞ。……なに、あれをくれてやるんだ。そのぐらいの『悪戯』可愛いものだろう? ……」

 遠ざかっていく足音と会話が聞こえるが、湊吾の耳には何も入ってこなかった。
 ……かなわない。
 そう、思った。
 自分も、反町も、まだまだあの男に庇護される存在でしかないことを悟らされた瞬間だった。

----------

 それから数時間後。
 あっさりと、反町は戻ってきた。

----------

「馬鹿だよな……先祖代々守ってきた裏ルート、あっさり売っ払っちまったんだぜ」

 反町が淹れてくれた紅茶を飲みながら、湊吾はぶつくさと文句を言っている。
 実際、自分を使ってどんな取引がなされたかなど知る由もなかった反町は、それを聞いてさすがに驚いた。
 心情が顔に表れていたのか、反町を見た湊吾が乱暴気味にソーサーへカップを戻し、掴んだマドレーヌを左右に振ってから不機嫌そうに顔をしかめる。

「あっ、反町が責任を感じる必要なんか、ないんだからな。あいつが勝手にやったことだ。……ったく。おっさん、この仕事向いてないんだよ。向いてないくせに無理すっから……」
「ご自分の父上を、おっさんとは何事ですか」
「おっさんだよ」

 マドレーヌの詰まった頬をぷっと膨らませてそっぽを向いた湊吾に、反町は小さく嘆息した。
 囚われていた間、不安がなかったと言えば、嘘になる。
 しかし、反町は耐える自信があった。

「湊吾さま。お茶のおかわりは……」
「もういらない。加湿器が欲しい」
「…………」

 あの時、一緒に買い物に行っていたなら、反町は捕らわれなかっただろうか。
 それとも、二人して捕まっていただろうか。
 おかわりを断られた反町は、ティーポットをワゴンに置いて、そのままの体勢でぼんやりしてしまっていた。
 と、ふわりと背後から腕を回される。
 抱きしめられているのに、まるで甘えられている気がする、抱擁。

「……良かった……」

 息を吐き出すように、安堵の言葉を囁かれた。

「湊吾さま……」
「親父が、反町を見捨てなくて良かった」
「信じていましたから」
「……、……あいつを?」
「旦那さまも、……あなたも」

 回された腕にそっと手で触れると、くるりと身体を回された。向き合う形になって抱かれる。
 三つも年上であるのに、すっぽりと腕の中に収まることにもう慣れてしまった。
 昔は、頑張れば持ち上げることのできた身体だ。それがこんなに逞しく大きく成長した。少しずつ、『よこはま』にも似てきた。
 けれど、反町は『よこはま』とは、こんなことはしない。

「反町……」

 見慣れた端正な顔が近付いてくる。
 ――あ、まずい。
 そうは思うものの、動けなかった。
 望んでいないわけではないのだ。
 いけないと思っていても、身動ぎできなかった。
 震える唇が、あと少しで触れ合う――と思った矢先、

「いたっ」
「あ、つッ」

 バチっと小さな音がして、やわい皮膚の間で火花が散る。
 伴う痛みは指先の比じゃなくて。

「いってー!」

 二つの意味で唇を押さえた反町は、そっと横を向いて、ほんのり赤くなった頬を長い髪で隠した。

「なんでだよ! くっついてたのに静電気くるっておかしくない!?」
「さあ」
「っもー! あとちょっとだったのに! 絶対湿度上げてやるー!」

 お茶セットを片しながら、そっと唇に指を這わす反町の姿を、空気に怒る湊吾は見逃したのだった。



end.


プラセボ】こち様への贈呈品。


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Date:2013/06/01
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Thema:BL小説
Janre:小説・文学

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