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春風華(しゅんぷうか)




 一面の薄紅。
 歩めばふわりと舞い上がるそれらは、桜の花びららしい。
 淡い桜色の絨毯に射干玉ぬばたまの長い髪を拡げ、見慣れた姿が横たわっていた。近づけば、確かに二十年自分の傍らにいた幼馴染みで、彼は澄んだ瞳を閉じ美しい顔をして眠っている。
 眠って、いるのだろうか。
 積もる花弁に埋もれるその姿は、まるで桜の柩に横たえられているかのように儚く、ともすれば吹きすさぶ春の風にさらわれてしまいそうだ。或いは、美しい魂を持つパラノイアのように、狂気のまま水底へと沈み流されていきそうで。
 ふと不安に駆られた湊吾は、無防備に投げ出されている華奢な手に、己の手を重ねた。指をあざなった際の、その冷たさに心臓もが冷える。
 不意に起こる、強い風。薄紅色の花弁を激しく巻き上げた春風は、空気をかの色に染め上げ、湊吾の視界を奪う。
 腕で顔を覆いながら、ちらりと手の先を確かめた湊吾は、目も開けていられぬ視界の中、愛しい人が散っていくのを見た。
 端から分解していくように、しゃらしゃらと花びらになる。
 絡めた指の感覚が消えてゆく。
 名を呼ぶことも忘れ、湊吾はただ、茫然と舞い踊る儚い紅色の風を見つめていた。




 春風華



 休日の朝にわざわざ早起きしようなどという発想は、湊吾にはない。寒くもなく、かといって暑いわけでもなく、惰眠を貪るにもってこいの季節。昔の人も言っていたではないか。『春眠暁を覚えず』、と。だから、春の朝は眠くて当然なのである。寝ていてもいいのだ。
 ましてや、おかしな夢を見た気分の後では。
 光景など何一つ憶えていないが、妙に厭な心地だった。
 顔の半分が埋もれてしまう枕に頭を沈め、上質な肌触りの毛布が首まですっぽり覆ってくれているが、寝相のせいか掛け布団がややずれ気味であるゆえ、適度な温かさを保てている。この上なく居心地の良い狭い環境で、湊吾は夢と現の狭間を行ったり来たりしていた。
 と、部屋のドアが控えめにノックされ、しばらくののち開かれる扉の音で、湊吾の意識が浮上する。

「湊吾さま。起きていらっしゃいますか?」

 涼やかでいて、高くもなく低すぎることもなく、掠れたようなイメージもあるが、よく通る声。
 持ち主は、玲瓏たる美貌の男だ。湊吾の幼い頃よりの従者である。

「……まだ、寝ておいでですか」

 やや咎めを含む呆れた声色で言いながら、反町が近づいてきた――と思ったら、彼は湊吾のベッドを通り過ぎ、小気味良い音をたててカーテンを開け、窓をも開けてくださる。
 なよやかな風が室内に入り込み、それは布団や枕からはみ出ている湊吾の長めの前髪を揺らして、白い額をくすぐった。瞼の裏が赤く明るくなって眩しいが、そんなことぐらいで起きてなどやるものか。
 こちらに近づいてくるならば、今日こそはベッドの中へ引きずり込んでやる、という湊吾の悪巧みを察したのか、なかなかどうして、反町は思い通りに寄ってきてはくれなかった。
 つまらない。
 目を閉じたまま、神経や精神を外側へ集中させていたせいか、麗らかな惰眠はすっかり湊吾を見捨て、どこか遠くへといってしまっていた。いよいよ諦めた湊吾は、ごそりと身動いで、灰緑の瞳を開ける。
 なんとなく敗北感を感じないでもないのだが、意地を張り続けて得をするところでもないし、第一、この三歳年上の従者には自分は敵わないのだ。
 昔から、そう。ずっとそう。

「……やっとお目覚めですか」

 呆れた口調ではあったが、その音色がひどく優しいことに気づき、湊吾は声のしたほうに目線をやる。
 傍らに立っているかと思っていた従者は、開け放した窓の側に、……いや、窓枠に腰掛けてこちらを見ていた。いつもより高めに結われた髪が、春風に煽られ思い思いに揺らいでいる。逆光で見えにくい表情に、穏やかな笑みを浮かべている反町は、ずいぶんと機嫌が良いらしい。
 でなければ、休日とはいえ、こんなに自分を寝かせておいてくれるはずがなかった。とにもかくにも、真面目な男なのだ。
 と、折しも強い風が吹き抜け、近くにあった満開の桜が、頼りなげな花びらを従容に散らした。
 一瞬、青空が見えなくなるほどの桜吹雪が、窓に座る反町の後ろを通り過ぎる。それはあたかも、男のせなに薄紅の翼が生え出でたかのごとき光景で、湊吾ははっと息を飲んだ。
 よぎったのは――夢。
 緑が見えぬぐらいの桜の花弁の絨毯の上に、愛しい人が横たわっている。
 あまりに美しいオフィーリア。
 息をしているのかどうかすら疑わしいその人に、そうっと近づき指を糾い、まるで春の水かのごとく冷たさに、心臓の裏側を冷やされたような心地になって。
 そしてそのまま、彼は、人間の形をした桜の花びらの塊となった。

――飛んで行ってしまう――

 灰緑の瞳を見開き、かつてないほど冷え冷えする腹の裡に、掌に厭な汗が滲んだ。
 がば、と飛び起きた湊吾は、驚く表情の反町に駆け寄り、細い腕を掴んで強く引き寄せる。当然、バランスを崩した反町が降ってきて、軽いといえども青年男子の体重に従い、二人揃ってふっかりした絨毯の上に転がった。
 純白のレースのカーテンが、風を受けて大きくふわりと広がる。
 自分の上に覆い被さった華奢な身体を戒め、掻き抱いたまま、湊吾はじっと横たわっていた。

「湊吾さま。……大丈夫でしたか?」

 答えず、ただ強く強く抱きしめる。
 羽ばたいたら、二度と戻ってこない気がした。
 不安に駆られた湊吾は、黙って痩躯を自分の腕の中の檻に閉じ込め続ける。たとえ自分のために鳴かないカナリアだとしても、手放したくはなかった。絶対に。

「湊吾さま……? 寝惚けているんですか?」

 駄々っ子のような行動だと思ったのか、それとも何かを察してはぐらかしたのか、反町が妙にのんびりとした声で訊ねてくる。
 躊躇いがちに伸ばされる白い手が愛しくて、湊吾は吐息だけで微笑み、いつもの口調で答えた。

「……そうかも。……反町、俺お腹空いちゃった」
「こんなに眠れば当然です。……さぁ、起きて。ブランチにしましょう」

 いつもの、普段通りの、きびきびした喋り方だ。
 重なり、触れ合った肉体は、きちんと温かかった。
 夢は、夢。いつまでも振り回されていてはいけない。
 先に身体を起こし、強い光を放つ灰緑の瞳を見つめたまま、湊吾の腕を引っ張ってくれる反町の黒髪に、彼に魅入られた桜の精がひとひら、捕らわれていた。



end.




プラセボ】こち様への贈呈品。二枚のイラストからのイメージテキストでした。
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Date:2013/06/01
Trackback:0
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Thema:BL小説
Janre:小説・文学

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