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ショコラ







 昨日も雨。今日は雷雨。しかも豪雨。
 大雨警報はずっと解除されないままで、明日には暴風雨だろうか。
 無意味にカップを磨くことにも飽きて、梶浦は展示されている眼鏡の整理をしていた。といっても、ミリ単位の傾きを揃えてみたりなどといった退屈極まりない仕事なのだが。
 もうじき、美人のフロアスタッフがしりとりを仕掛けてきそうである。
 と、ふと店のドアの前に人影が立った。

「いらっしゃい……ま、せって、おまえか」
「おまえとはなんだ。客ですよ」

 シャランと涼やかなドアベルに負けない涼しげな声音。高いのか低いのか判然としない不思議な声の持ち主は、さっさと空けられた自分の定位置に腰を落ち着けた。
 マオカラーのシャツに長い黒髪。圧倒されるほどの美貌の男は、梶浦の同居人且つ恋人である。

「何にする? いつもの?」
「いや、カフェモカを。甘めでよろしく」
「かしこまりました」

 エスプレッソマシンがコーヒーを抽出する音を奏で始めると、一ノ木がぐるりと店内を見回した。
 普段のこの男ならば、到底しない行動である。真面目な一ノ木はそんな不躾な真似をしたりしないし、何より目立つことが大嫌いなのだ。わざわざ衆目を集めるようなことをしでかすはずがなかった。
 つまり――

「……どうしたんですか? 閑古鳥が鳴いているじゃないですか」

 店内は、この男以外の客がいないのである。
 スチームミルクを作りつつ、梶浦はつんと柄悪く唇を尖らせ気味にした。

「そりゃおまえ……しょうがないだろ。こんな天気じゃ、来る客なんか雨宿り目的か余程の物好きだ」
「へぇ。……では、私は後者ですか」

 熱いエスプレッソを注ぎ入れ、その上にスチームミルクをそっと流し込んでからチョコレートシロップを加える。最後にホップクリームを乗せ、トッピングとしてチョコレートソースとココアパウダーを。
 漂ってくるチョコレートの良い香りに、一ノ木の華奢な顎が少しだけ上がる。

「お待たせ」
「良い香り……」
「寒がりだな、相変わらず。そんなに寒いなら部屋にいたほうが良かったんじゃないのか?」
「……いて、良かったんですか?」

 上目遣いにちらりと梶浦を見上げた一ノ木は、スプーンをゆったりと動かしながら梶浦を試すような妖艶な笑みを閃かせた。
 ぞくりと来ない人間がいるのなら、見てみたい。

「あぁっ、嘘嘘! 来てくれて嬉しいです~! その顔、店で一日一回は見ないとやる気出ないんだよなぁ」

 手を組んで顔の横で振りつつ茶化す口調で答えた梶浦に、一ノ木は唇の端だけで笑い、またカップに視線を落とした。
 ふわふわの泡も上のチョコレートもすべて混ぜて、一緒くたにしてしまうのが一ノ木の好きな飲み方である。ラテアートなど、この男の前では何の意味も持たない。むしろ、自分でそれを描きたがるほうだろう。
 甘ったるい飲むチョコレートのようなホットドリンクを優雅な仕種で一口含んだ男は、ふわりと表情を蕩けさせた。
 それにしても、基本的に一ノ木は甘党の類いではあるが、しかしいきなりこうも甘いものを欲しがることは稀である。イーハトーヴに来れば、必ず初めの一杯はメニューにはない苦めの抹茶ラテを頼む。
 そういえば何かしら疲れを溜め込んでいる時、この男はやたらとチョコレートを食らう癖があったなと、ふと梶浦は思い当たった。
 カウンターに腕を乗せ、特等席に座る男をにこやかに覗き込む。

「一ノ木。何かあったのか?」
「別に……」
「嘘だな。……仕事関係?」
「……、ご名答」

 嘘をつくのが下手だと自覚している一ノ木は、カフェモカを一口口に含んでから、溜め息と共に諦めたような声音で呟いた。

「仕事が増えたとか」
「まぁ、増えましたね。……今度、対談をすることになってしまった」
「そりゃまた」
「対談……? いや違うな。インタビューか。……新刊について、特集を組みたいのだそうで。……あぁもう……やりたくない」

 カウンターテーブルに肘をつき、手の甲に額を乗せて項垂れた一ノ木は、沈鬱な声を出してもう一度大きな溜め息を吐いた。
 こんな風にはっきりと愚痴を言うのも、これまた珍しい。大抵は秘めやかに独り黙って落ち込んでいるだけだというのに、今回は余程厭と見える。

「インタビューってことは、面と向かって? 写真とか撮られちまうのか?」
「いや、それだけは断固固辞しました」
「拒否だろ」
「いいえ。丁寧に遠慮したから固辞で合ってる。……対面も写真も駄目だし、インタビューそのものも断ってたんですが……。じゃあ電話で、とまで言うから、もう仕方なく……」

 押しきられたわけか。
 頑固なわりに、一ノ木は案外押しに弱い。
 そもそも、自分との仲だって梶浦の粘り勝ちといったところも大いにあった。人が良いのか諦めが早いのか、強く迫り続けられると断り切れないらしい。

(その内、誰かに襲われねぇだろうな)

 近寄り難い雰囲気のおかげで遠巻きにされがちな一ノ木だが、近付こうと思えば意外と楽に近付けるのだ。ろくろく力もない華奢な一ノ木に、襲われた時抵抗できるスキルがあるとは思えなかった。
 本当は、一人でなんか放っておきたくない。
 常に傍に置いて、監視して、腕の中に閉じ込めておきたかった。可能ならば、監禁でもしてやりたいのだ。
 誰にも、触らせたくなどない。

「電話でインタビューねぇ。……よく知らんが、そんなことできるのか」

 飲み干されていたカフェモカのカップを取り上げ、今度はキャラメルフレーバーのカフェラテを前に置く。
 一ノ木はそれにグラニュー糖をざらざらと入れた。

「できるらしいですよ。録音して文章に起こすっていう作業なら、対面でも同じなんだそうです」
「へー。よく知らんが、そんなもんなのか」

 ふと、おもむろにごそりと小さな箱を取り出した一ノ木が、それの蓋を開けて中身のひとつを口に放り込んだ。そして、カフェラテを飲む。

「……チョコレート?」
「うん」
「言ってくれれば、もう一杯カフェモカ淹れたのに」
「いえ、こうも涼しいと口の中でチョコが溶けなくて。食べたかったんだけど……」

 そう言ってもう一箱取り出した一ノ木は、それを梶浦に手渡した。

「皆さんでどうぞ。結構美味しいですよ」
「サンキュ……」
「……ご馳走さま」

 席を立つ前にもう一つ、笑みを浮かべた口から覗く舌の上にチョコレートを乗せた一ノ木が、梶浦のほうへすいと腕を伸ばしてきた。
 何かと思う間もなく、口移しで唇にチョコレートが押しつけられる。

「割り切れなかったから。十四個入りなんです、それ」

 従業員三人で分けると、一つ足りないからくれたらしい。
 他に客がいないからと、随分と大胆なことをしてくれる。
 会計を済ませた一ノ木は、振り返ることもなくどしゃ降りの表へと出ていった。
 またしばらく、暇を持て余すことになりそうだ。

「チョコ食ってチョコ飲んで、チョコ置いていくって……って、なんだそりゃ」
「でも、機嫌直ってたんじゃない? 店長って凄いですね」
「……ちょっとおちょくって、気晴らしにはなったんかね」

 あの、小悪魔め。
 わざわざ誘うような真似をして、あっさりと立ち去って下さった。

(帰ったらどうしてくれよう)

 暇なのだ。
 考える時間は、たっぷりとあった。



end.



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Date:2014/03/19
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Thema:自作BL小説
Janre:小説・文学

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