mj.エンドルフィン

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

FC2拍手のタグ
*    *    *

Information

□ IHATOV □

風鈴



 チリ、リリ、リと軽やかな音が響く。
 音のしたほうへ一ノ木が首を向けると、陶器製の丸い風鈴が窓の傍で揺れていた。

「……何の音かと思った」
「何の音だと思った?」
「いえ、猫でも侵入してきたかと」
「四階だぞ、おまえ」

 悪戯が成功した時の子供のような顔でにこにこと笑っている梶浦は、一ノ木の気を引けて嬉しいらしい。
 センターテーブルに本を置き、ソファーから腰を上げた一ノ木は、ゆらゆらと風に揺らされている風鈴へと歩み寄った。アジアン調のデザインの紋様と、象と駱駝のシルエットが描かれている。

「百円ショップで見つけたんだ」

 弾むような口振りで聞いてもいないことを教えてくれた男は、扇風機が回っているにも関わらず団扇で自身を扇いでいる。
 九月も半ばに差し掛かろうという時期だが、まだまだ暑い。自分よりも格段に暑がりの梶浦にしてみればエアコンをつけたいのだろうが、一ノ木が寒がって自室に籠ってしまうことが嫌で我慢をしていた。

「……一気に安物に見えることを言わないで下さいよ。せっかく褒めようと思ったのに」
「褒めてよー。安モンでも結構いいだろ? 百円ショップも侮れないな」
「どうせなら夏に買ってくればいいものを」
「えー? だってさぁ、夏って風ないじゃんか。ぶらさがってるだけの風鈴なんか意味ないし」

 確かに、そよとも吹かぬ風に風鈴の音色を期待しても仕方がないかもしれない。
 空調を効かせている間は窓も締め切っているのだし、聞こえはしないだろう。

「来年からは、エアコンの前にぶら下げればいい」
「おぉ、名案。来年、また教えてくれ。俺は絶対忘れてそうだ」

 そう言いながらも、梶浦はどうやって天井から風鈴を吊り下げようかとぶつぶつと早速シミュレーションしていた。
 その様子に小さく唇の端を上げた一ノ木は、またソファーに座り直す。正面に腰かける梶浦のアンバーの瞳が、ふっと一ノ木を捉えた。
 そのまま何を言ってくるでもないので、奇妙な一瞬の沈黙を訝しんで首を傾げる。

「……風鈴っていえばさ、俺、南部鉄の風鈴好きなんだよな」

 だが、瞬間の静寂をまるでなかったもののように、梶浦が会話を進めた。
 一ノ木は人の心が視える特殊な質だが、時折、この男の感情だけ読み取りにくいことがある。他の誰よりも分かりやすいはずなのに、感じ取れないということは彼が本当に空虚だからだ。
 時々、梶浦はどこかに心を置いてくる。
 どれだけ陽気にしていても、この男には深い虚があった。

「あれ、すっげえいい音しねぇ?」
「……うん、私も好きです」

 一ノ木は、そこには敢えて触れない。
 困らせるだけだから。

「見た目は硝子の風鈴のほうが涼しげでいいんだけど、あれってカラカラ鳴るだろ? 音が味気ないんだよな」
「南部鉄は重苦しい外見だけど、音色の涼やかさは何ものにも勝る。あの響く伸びやかな澄んだ音は、確かに暑さを和らげてくれますね。空気そのものを冷やす清涼感に満ちた音色だ」
「さすが小説家。そんな表現聞いたら、絶対売上伸びるね」

 販売員にでもなったら? と笑う男に、あの虚ろさはもうどこにもない。
 一瞬の心の空虚に、梶浦は気がついているのだろうか。
 それとも、無意識なのだろうか。
 ミステリアスだと言われている一ノ木よりも、もっとずっと不可解な存在なのは、実は梶浦のほうである。誰も気がつかないが。
 隠すのが上手い男の真実に、学生時代、一ノ木だけが気づいた。何も見えない深淵が視えた。
 話すことのできない、彼の過去。
 センターテーブルに置かれたアイスコーヒーのグラスの外を、結露がつうっと流れ落ちた。
 その深い茶色と同じ色をした瞳を一旦閉じた一ノ木は、またゆっくりと開く。

「……通販で、南部鉄の風鈴を買いますか」
「冬に買おう。冬に」
「意味が解らない」

 チリリ、リ、と風鈴が鳴いている。
 せっかく手に入れた居場所を奪われたくないと主張するように、伸びない音を必死に奏で続けていた。


end.



スポンサーサイト

FC2拍手のタグ
*    *    *

Information

Date:2014/03/19
Trackback:0
Comment:0
Thema:自作BL小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。