mj.エンドルフィン

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

FC2拍手のタグ
*    *    *

Information

□ IHATOV □

蠱書 1




 いつか、床が抜けるのではないか。
 本来の使われ方をしていないウォークインクローゼットに足を踏み入れるたび、梶浦はそんな危惧を抱かずにはいられなかった。
 左右の壁上下段ともみっしりと本で埋め尽くされたクローゼットには、衣類は欠片も見当たらない。最早これはクローゼットというより書庫である。
 では、ここに収納されるはずだった衣類がどこに行ったかといえば、それはわざわざ部屋に置かれたワードローブに仕舞われていた。確かに、本棚を設置するよりかは部屋が広く使えるかもしれない。
 それにしても、衣類も量があれば大概重いものではあるが、書籍の比ではないだろう。このマンションの棚と床の強度に感心しながら、梶浦はこの大量の書物の中にあるはずの、自分が購入した本を探し始めた。

「……あれ? 俺の本って、この辺にまとめといたはず……」

 見落としたか。それとも、またぞろ一ノ木の奴が整頓と称して動かしたのだろうか。
 一ノ木秀真――このクローゼットのある部屋の主である。
 大学時代からの友人で同居人でもある彼は、インテリアなどに一切こだわることはないのだが、書物の並びにだけは妙に細かかった。
 出版社別から始まり、作者の名前順、分類別と、まるで本屋か図書館である。時折、思い出したかのように整頓される本棚には所々梶浦の私物も混ざっており、そのおかげか『本を探す』という目的のみでならば、彼の部屋には立ち入り自由だった。
 とはいえ、親しき仲にも礼儀あり、だ。部屋の住人が不在の時に勝手にドアを開けて入ることには抵抗を覚える。なので、普段は隣接している和室側にもあるドアから入るようにしていた。だが今日は不可能なのだ。
 その和室にて、一ノ木が接客中だからである。
 リビングに客がいたところで入りにくいことには変わりはないのだが、四畳半で対面している者たちの真ん中を「ハイ失礼しますよ」と通り抜ける強心臓は、さすがに持ち合わせていない。

「……んあ。こっちにあった……」

 探索していた側ではないほうの壁から目当ての書籍を探り当てた梶浦は、それをそっと引き出した。
 ふと、隣に並んだイギリス庭園の本に興味を引かれ、ペラペラと気儘に立ち読みをしていると、和室から会話が聞こえてくる。

「……映画化ですか」
「はい。そうです。……いや~、それにしても、一ノ木先生がこんなにもお綺麗な方だとは思いませんでした。先生ご自身がご出演なさっても充分に……」
「話が逸れています。ご用件は映画化の話だと伺いましたが」

 高いとも低いとも取れる掠れたような不思議な声。その声音は硬質で、表面だけの褒め言葉には一切揺らがない。いっそ小気味良いぐらいにきっぱりと世辞を撥ねつけられた客は、焦った様子で本題に入った。

「そうなんですよ。最も人気の高い先生の処女作『螺旋の呪縛』をぜひとも……」

 阿るような話し方をする男の、揉み手の様子までもが目に浮かぶようだった。

「確かにあれは、ありがたいことにファンが多い。私自身も、未だあれを超えるものは書けておりません。……そういうわけですので、映画化の件はお断り致します」
「えっ」
「スクリーンに私の文章が流れるわけではないのでしょう? 映画というからには映像化されるのですよね」
「そ、そりゃあ勿論。なんでしたら、先生ご希望の役者を指名して戴いても……」
「いえ。私にそんな権限はありませんよ。……読者には既に『螺旋の呪縛』のイメージができています。それは、たとえ同一の物を読んでいても、読者一人一人総て異なるもので、私はそれを壊したくない。また、読んでいない人に固定のイメージを植えつけたくないのです」
「言いたいことは解りますが……」
「怪奇小説ですから、やはりホラー映画になるのでしょう?」
「まあ、そうです」
「そうすると、恐怖の山場とやらがあるわけですよね。それも人それぞれです。頂戴するお手紙を読んでいても、一番怖かったと評される箇所は人によって違います」

 一ノ木は気鋭の怪奇小説家だ。雑誌の連載から書き下ろしの新作まで、毎月必ずどこかに締切を抱えていた。
 そんな人気作家の人気作品を、数年前のジャパンホラーブームが放っておくはずもない。一ノ木の元には度々作品の映像化の依頼がきたが、かの文士殿が首を縦に振ることはなかった。

「お帰り下さいませ。あの作品だけは、いかなる映像化も致しません」

 無感情かつ辛辣な言葉。いかな説得も聞き入れないと断言する口調に、いよいよ万策尽きたらしい映画関係者も諦めたらしい。定型文のような挨拶を交わし、梶浦は彼が帰る音を聞いた。

(しっかしまぁ、もうちょっと言い方ってもんがあるだろうに)

 曖昧な態度で茶を濁すように逃げ続けるよりかはしつこく口説かれずに済むのだろうが、それにしたって冷酷である。
 しかしこれでまた、一ノ木への噂が確立されたというわけだ。
 『一ノ木秀真は頑固な偏屈爺』――それが、世間で彼に囁かれている噂であった。
 梶浦に言わせれば、『頑固で偏屈』までは合っている。ただ、彼は自分と同じ二十七歳であり、あいにく爺ではない。
 それはともかく、あの男は頑固者で、同居人である梶浦の言うことすら滅多に聞かなかった。誰か奴を自由に言いなりにできる人間がいるなら、会ってみたいものだ。そして是非とも、その方法をつまびらかに問い質したかった。伝授してもらえるならば、どんな努力も惜しむまいと思うのである。
 人の気配が消えたことを確認し、梶浦は和室側のドアを開け、ウォークインクローゼットから出た。リビングにも誰もおらず、どうやら、あの男はご丁寧に玄関まで見送りに行ったらしい。
 キッチンに立つと、深い溜め息と共に、一ノ木が戻ってきた。ケトルを火にかけながら、梶浦はにこやかに同居人へ声をかける。

「お疲れさん、一ノ木。これでまた、映画業界から恨まれたな」

 真っ直ぐにこちらを見上げてきた顔は、他者の官能を掻き立てる、実に匂やかに整った美貌だ。梶浦の揶揄する口調に僅か険しさを見せても、それは妖麗だった。
 淹れたてのコーヒーのような深みのある褐色の瞳は、目を酷使する執筆業にも拘わらず、常に澄んでいて濡れた輝きを持っている。長く豊かな睫毛に縁取られた彼の目を、梶浦は誰よりも好きだった。
 目だけではない。すっと繊細に通った鼻梁、柔らかな赤い唇、完璧な黄金率で並んだそれらパーツを包む輪郭すらも愛おしい。腰に届きそうな長い黒髪も、艶やかで指通り良く、愛でずにはいられなかった。
 とどのつまり、一ノ木という男の総てを、梶浦は愛していた。
 その愛しくも美しい顔が、苦々しげにしかめられる。

「盗み聞きですか? いい趣味ですね」

 不快である気分そのままのような口調で嫌味を言われた。
 軽い八つ当たりに首を竦めた梶浦は、苦笑混じりに手にしていたムック本を掲げて見せる。

「とんでもない。書庫で探し物をしてたら聞こえてきたんだよ」
「聞こえてきたなら、全部聞かずに退出すべきでしょうが」

 どうせ聞いていたのだろう、と言外に詰られる。品のなさをあからさまに責める口調だった。昔から変わらぬ丁寧な物言いが、余計に冷ややかさを煽る。
 柳のようにたおやかな外見をしているくせに、性格はなかなかに苛烈で辛辣だ。不機嫌ならば尚更である。
 だが、その冷ややかさもたまらない。

「ごめんごめん。それと、部屋に入ったぞ。悪いな」
「それは構わない。……何の本を探してたんですか?」

 すすっと近づいてきて、カウンターに置かれた本を覗き込んでくる。

「紅茶の基本……?」
「ちょっと読み返したくなってね。ついでに、シャリマティーを淹れようかと……好きだろ、一ノ木」

 一〇センチほど低い位置から見上げてきていた澄んだ珈琲色の瞳が、僅か嬉しげに細められた。
 機嫌が上昇しつつある笑顔に、思わず見惚れる。
 綺麗な顔だ。そろそろ見飽きても良さそうな付き合いの長さなのに、一向に倦むことがない。むしろ、瞬きする間も惜しいぐらい、ずっと眺めていたかった。
 偏屈爺と言われている男が、こんなに容姿端麗な人物だと知る者は、実は少ない。人があまり好きではない一ノ木が、余計な詮索を厭ってプロフィールを公開しないため、デビュー当時から、その人物像は謎に包まれたままだった。
 一ノ木が、梶浦の探してきた『紅茶の基本』というムック本を手に取る。手慰みにページを捲り始めるが、その内、集中し始めてしまった彼は、目線で「いい?」と訊ねてくる。よほど趣味に合わないものでない限り、一ノ木という男は『読む』ことを止められないのだ。
 くすりと笑って梶浦が頷けば、嬉しげに微笑みを返して、一ノ木はダイニングテーブルに着いた。

「わざわざ倉敷くんだりまでおいで下さったのに、残念だったなぁ。さっきのオジサンも」

 ティーポットに茶葉を入れながら、先程の話を蒸し返してみる。
 叱られたらやめよう。

「電話では埒があかないと思ったんでしょ。一応断ったんですが……ああいう業界の人は強引ですね。勝手に約束を取りつけて来てしまったよ」

 怒りはしなかったが、やはり不快感は残っているのか、フォションのページに綺麗な指を滑らせつつ、一ノ木が子供のように唇を尖らせた。
 その唇に自分のそれを重ねたくなるが、我慢我慢、である。

「最近、映画もヒット作品がないからなぁ。必死なんだろうよ。来年の夏に間に合わせようと思えば、今から撮り始めないと」
「だったら、尚更、間に合わないだろうに。私の作品は脚本仕立てではありませんよ」

 映画製作の仕組みを詳しく知っているわけではないが、夏公開の映画は冬に、冬公開の映画は夏に撮影されていることが多いと、俳優のインタビューなどではよく言われる。
 沸騰した湯をティーポットに注いだ梶浦は、蓋をして砂時計を引っくり返した。カップに残りの湯を注ぎ入れて温め、オレンジを切っておく。
 括れからさらさらと流れ落ちる白い砂をしばらく見ていた一ノ木だったが、やがて、再びページを繰り始めた。
 その様子を、梶浦は黙って見つめる。

「……そういえば」

 ふと顔を上げた一ノ木が、普段の鋭い眼差しをきょとんと丸くして訊ねてきた。

「梶浦。店はどうしました? 定休日は明日でしょう」
「ん? 今日は臨時休業。うちのシェフが風邪でね」
「角南くんが? 珍しいですね。……けど今朝、店に行きませんでした?」
「昨日、ほんとに具合が悪そうだったから、早めにクローズかけて帰ってもらったんだ。時間が来たらバイトの子も帰さないといけないし……だから色々と後片付けが残っててね。店には掃除しに行ってただけだよ」
「ふぅん……」

 何の感慨もなさげに呟いた一ノ木を横目に見つつ、カップの湯を捨て、紅茶を注ぎ入れる。そこに輪切りのオレンジを浮かべて、カウンター越しに差し出した。
 受け取った一ノ木が、シャリマティーの華やかな香りを肺いっぱいに吸い込み、花笑みを浮かべる。
 が、すぐに思案顔になった。

「……変ですね」

 淹れた紅茶を失敗したかと、梶浦は胆を冷やした。

「何が?」
「角南くんが体調を崩すことが」

 予想とは全く違った言葉に肩透かしを食らい、しかしあまりな言い分に片眉を引き上げる。

「おいおい……そりゃ涼介だって人間なんだから、体調悪い時ぐらいあるだろうよ」
「定休日直前や定休日にではなく? こう言ってはなんですが、彼は社畜でしょう?」
「あぁ、まぁ……確かに」

 そう言われると、確かにそうだ。
 角南涼介はシェフやコックというより、どちらかと言えば板前と表現するほうが正しい男である。梶浦の大学の後輩の弟なのだが、明朗快活で軽い雰囲気の兄とは違い、彼は実に硬派で生真面目だった。
 寡黙で職人気質な角南は、一ノ木が指摘した通り、定休日かその前日の夜にしか体調を崩さない。そして、必ず翌日には全快で出勤してくるのである。

「……確かに、おかしいな。よし、明日様子を見に行こう」
「見舞う気ですか? ……私も?」
「おまえが言い出したんだろ。おかしいって」
「まぁ……そうだけど……」

 なんとなく気乗りしない態度で言葉を濁した一ノ木が、紅茶に浮かぶオレンジをつついている。あれだと、そう時間はかからず果肉部分は潰されてしまうだろう。
 自分のぶんのミルクティーを作った梶浦は、熱すぎて飲めない紅茶を持て余している美貌を見つめた。
 大学の合格発表の日、偶さか誰もいない掲示板の前で見つけた男。清冽な横顔に、一目で心を奪われた。以来、ずっと彼だけを追っている。
 精緻な美貌は、合格なのか不合格なのか判断しかねる無表情で、隣に並んだ自分をちらとも見ないままに立ち去ったが、梶浦は彼の合格を祈った。あの美人とキャンパス・ライフが楽しめるのだと思うと、ここに通ってくれることを願わずにはいられなかったものだ。
 元々、梶浦は男女問わずよくもてたが、学生時代も現在も、誰と遊んでも誰を抱いても、所詮身代わりで処理でしかなかった。瞼の裏では、常にこの男を犯している。
 自分が女とまともに付き合えない性癖だと解っているから、梶浦は関係を持ちたがる女には先に「恋人にはなれない」と告げるようにしてあった。それでも構わないと宣う女しか抱かない。
 一緒に暮らしていても、どれだけ好きだと伝えても、一ノ木は冷徹で気高く、簡単に梶浦に身体を許してくれなかった。もしかすると、一生、妄想の中の一ノ木としか交われないかもしれない。そんな危惧さえ懐くほど、この男は高潔なのだ。
 冷えたと言っては梶浦のベッドに潜り込んでくるくせに、まったく残酷な男である。






スポンサーサイト

FC2拍手のタグ
*    *    *

Information

Date:2014/03/19
Trackback:0
Comment:0
Thema:自作BL小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。