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蠱書 2





 気乗りのしない声を出した一ノ木は、ふと黙り込んだ男を訝しむ。
 尻切れな会話を妙に思い顔を上げると、カウンター越しにこちらを真っ直ぐ見つめる淡い色の瞳と視線がかち合った。しばらく見つめ合い、だが一向に逸らされない視線に飽いて、一ノ木は手元の紅茶に目線を戻す。
 さすがに昔ほどの気詰まりさは感じないが、梶浦のその行動は不可解で、そしていつも一ノ木を感心させた。
 昔――そう、大学生の頃から、一秒たりとも目を離すのが惜しいとでもいうように、梶浦は一心に一ノ木を見つめ続けるのだ。暇があれば、見ている。それは十年以上経った今でも変わらなかった。よくもまぁ、飽きもせず眺めていられるものだと感心するほどに。
 潰してしまったオレンジをソーサーに避け、砂糖を入れて陶器のスプーンでゆったりとかき混ぜる。
 ステンレスの舌触りを嫌がる一ノ木のために、カトラリーは陶器製か木製のものが揃えられてあった。割り箸も自分が好まないので、塗り箸ばかりだ。
 甘やかされているな、と思う。
 一ノ木の、我儘ともいえる細かな好みを、梶浦はすべて叶えようとしてくれる。おまえの感覚は、俺よりもずっと繊細なんだなと笑いながら。
 言った本人ですら忘れている時もあるような、何気なく呟いた些末な事柄すらも覚えているのだ。遠慮をしようと思えば、口に出さないよう気をつけるしかなかった。
 それでも、今のように一ノ木から目を離さない梶浦は、自分の反応で好きか嫌いかを見抜いてしまう。
 だが、なぜそれを好むのか、という理由までもは判らないようだった。
 それもそうだ。よほど明確な原因がない限り、嗜好に理由などない。嫌いな理由を挙げられても、好きであることには説明などつけられない。

「……で。涼介のことだけど」

 甘く爽やかなシャリマティーを一口啜った一ノ木に、梶浦は唐突に話を蒸し返した。

「ん? あぁ……」
「履歴書見に行ってくるよ。住所判ればネットで地図調べられるし、見ればだいたいの場所は判るから」
「今から?」
「ん? 傍にいてほしい?」

 にこっと笑いかけられた一ノ木は、馬鹿馬鹿しい発言にひとつ溜め息を吐き、冷ややかな視線を投げつけた。
 そんな凍てつく反応をものともせず、梶浦は嬉しそうに微笑んだままだ。

「……あ、そうだ。いきなり行くのもなんだし、一応前もって連絡入れとくかな」
「声の様子で酷いようなら、遠慮するんですよ」
「解ってるよ」

 ポケットから携帯電話を取り出した梶浦は、呼び出している間に自分の分の紅茶を持ってカウンターを回り、ダイニングテーブルまで歩いてくる。ソーサーの上でティーカップが滑らないかとか、中身を零しそうだとか危ぶむ心配をしないで済むのは、さすがというべきか。
 一ノ木のはす向かいに腰を下ろそうとした時、コールが途切れたらしい反応をした梶浦の顔が、ふっと心配そうな笑顔に変わる。

「もしもし? 涼介、調子はどう……、……はい? 優介?」

 笑みがなりを潜め、今度は軽い驚きに彩られた怪訝な顔つきになった。
 よくもまぁ、これだけころころと表情が変わるものだ。
 百面相をすることのない一ノ木には、感情をそのまま顔に表す感覚は理解できない。職業上、架空の人間達のあらゆる感情を想像しながら生活しているのだから、それらを全て表に出していてはただの奇怪な人物である。通報レベルだ。様々な人間模様を脳内で繰り広げつつ、一ノ木はいつも無表情を貫いていた。
 シャリマティーを一口口に含み、電話の会話を聞くとはなしに聞きつつ再び書誌に視線を落とす。

「これって涼介の携帯……だよな。何やってんだよ。……いや、確かにそうかもしれんが、出るのはどうかと思うぞ……。え? ……いや、まぁそうだけど」

 察するに、角南涼介の兄が、弟の携帯電話を預かっているのだ。しかしながら、それは持ち主に了承を得たものではなく、彼の勝手な判断によるものと見える。
 弟が大好きな彼のことだから、着信やメール受信などに煩わされることなく寝んでほしいと気遣っての行動なのだろう。が、着信に応対するとは何事か。
 学生時代、梶浦が優介のことを「気遣いのできるデリカシーのない男」と表現していたことを、ふと思い出した。

「涼介の具合どうよ? 明日、見舞いに行こうかと思ってるんだけど……え、明日アイツしかいないの? じゃあ、行ったらまずいかな。…………いいのか?」

 やたら長い無言の最中、梶浦が目線と指先で一ノ木を呼ぶ。
 音を立てぬようそっと彼の傍に移動した一ノ木は、会話が聞こえる位置にまで上体を屈めた。必然的に頬がぶつかりそうな距離にまで顔が近づく。

『……ですよ。俺も仕事で留守にしますけど、来る時間決めてくれたら、涼介にはその時間起きとくように言っとくし』
「寝てなくて大丈夫なのか?」
『平気ですって。家の中にいる限りは元気ですから』
「なんだそりゃ」

 笑いながら、おまえみたいだと言いたげな視線を寄越してきた梶浦だが、間近にある一ノ木の真剣な表情を見て笑みを引っ込める。

「……どうした」
『え? なんですか?』
「いや、こっちの話。……じゃあ、明日の二時頃にお邪魔してもいいかな。駄目ならメールくれるか?」
『わかりました』
「お大事に、って伝えといてくれ」
『ありがとうございます。それじゃ』
「またな」

 通話が終了するより先に上体を起こした一ノ木は、梶浦がこちらを見ていることを感じながらも、何も言わずその場から離れて自室へと向かった。
 リビング・ダイニングを出て、短い廊下の右手側にあるのが一ノ木の寝室だ。リビングと隣接している和室の押入れからも出入りはできるのだが、クローゼットを出入口とすることを良しとしない一ノ木は、いつも廊下にある本来のドアを使用した。
 六畳の寝室にはセミダブルのベッドとワードローブ、それとシンプルなデスクがあるだけで、装飾品のようなものは特に置かれていない。
 執筆中には資料がうず高く積まれる机だが、今は殺風景に、閉じられたノートパソコンと黒い本が一冊乗っているだけだ。商売道具であるパソコンには触れず、すうっと一撫でしてから冊子のほうを手に取った。
 黒い表紙の、古びた和綴じの本。
 頁数はたいして無いのだが、一枚一枚が手漉きの和紙でできているため、案外厚みがある。かなり昔の物であろうに、今尚鮮やかな緋色の糸が、色褪せることなく紙束を纏めあげていた。
 これは元々、梶浦の実家の倉にあった物である。大学四年生の夏休みに訪れた際、訳あって一ノ木が譲り受けたのだった。

「一ノ木」

 ついてきていたらしい梶浦が、戸口から声をかけてくる。振り向いた一ノ木と目が合うと、部屋に入ってきた。

「……それ、持っていくのか」
「必要だと感じたんでね。……勘でしかありませんが」
「霊現象だと思ってんのか? ……涼介に霊感はないと思うけどなぁ……。書けるだけの体験はしてないんじゃないかな」
「書くことがなくても、使う状況になるかもしれない」

 ぽつりと呟き、一ノ木は今一度和綴じの本に目を落とす。
 剣道の師範である梶浦の祖父の家は屋敷と呼ぶに相応しい造りで、敷地内には大きな剣道場と倉が建っていたが、それでも尚美しい庭は広大だった。
 その倉にて見つけたのが、この和綴じの黒い冊子である。
 一目見て奇妙なものと判るのに、何の封印も施されておらず、棚の隅に無造作に置かれていた。梶浦の祖父母に訊ねるもこれに心当たりはないらしく、何時如何様にして倉に持ち込まれた物であるかも不明だという。悪意のようなものは感じなかったので、偶さか自分が見つけたことを呼ばれたのだと判断し、譲ってもらったのだ。
 しばらくは、気軽にメモ帳代わりに使っていた。ネタ帳と表現するほうが正しいかもしれない。小説に使用できそうな細やかな経験や思想を、この和綴じの本にとりとめもなく書き留めていたのである。
 これの持つ特殊な力を知ったのは、ごく偶然だった。
 吸い込まれるようにじっと本を見つめていた一ノ木の肩に、温かい手がぽんと乗せられる。

「紅茶、冷めちまうぜ」
「……ん」

 明日忘れぬよう、鞄に冊子を放り込もうとした一ノ木は、ぴたりと一瞬手を止めた。

(本が、喜んでいる……)

 一ノ木の持つ特異な能力が、黒い本の意識を拾い上げる。
 喜びの感情――それは、明日遠足を控えた小学生の高揚感に似ていた。
 これは、明日の角南家で確実に必要となる予兆だ。
 一秒にも満たぬ意識の触れ合いに目を閉じ、一ノ木は梶浦に促されるまま自室を後にした。





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Date:2014/03/19
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Thema:自作BL小説
Janre:小説・文学

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