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高嶺の花

※第三者視点です。

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 卒業式でもない限り、男に花束なんぞは似合わない。
 それが持論だった久保にとって、目の前の光景は衝撃だった。
 岡山駅で停車していた電車に、着物の人物が発車直前に乗り込んできた。
 一瞬車内の空気が止まったようになったのは、和服が珍しかったからではない。その人物が、はっとするほど整った顔をしていたからだ。
 長い髪をゆったりと無造作にまとめたその美人には、しかし立ち居振舞いに女らしさはなく、よく見れば纏う着物も男物だ。
 だが包装紙にくるまれた水仙の花を両手いっぱいに抱えている人物が男であると即座に気づいた者はいないように思われた。性別を疑うほど、端整な顔立ちをしていたのである。
 華やかでいて上品な水仙の薫りが、ふわりと車内に拡がった。
 すっと姿勢の良い白い花は、見目も香りも男の美貌になんと似合っていることか。
 滑るように電車に乗り込んだ彼は、座席に空きスペースがないことを視線の動きだけで見て取り、他の車両に移るでもなく、諦めて扉近くに立つことにしたらしい。
 腕に抱かれた水仙のようなすらりとした立ち姿に、彼に気づいた者達皆が見惚れている。その内、友達と黄色い声で何事か囁き合っていた女子高生が、座っていた席から立ち上がり、おそるおそる和装の男に近づいていった。

「あのっ」
「……はい」

 穏やかな声で返事をした綺麗な男とまともに視線を合わせられ、彼女達は一気に頬を赤くする。少女二人は互いに袖を摘まみ合い、男と先程まで自分達が座っていた席とに落ち着きなく視線をやり、身振りでそこを示した。

「あの、どうぞ座って下さい……!」
「いいんですか?」
「はい! どうぞっ」

 女子高生から見れば随分な年上だろうが、男は二十代半ばあたりで、確実に席を譲られる年齢ではない。彼が持つ荷物も花束ぐらいのもので、特別大仰な物ではないのだ。
 綺麗な男に声をかけたいが故の、彼女らの口実に過ぎないのは見え見えだった。しかし、断れば少女達が恥をかくと考えたのか、渋ることなく彼は申し出を受け入れた。

「では、遠慮なく。ありがとうございます」

 ふわりと雅やかな花笑みを向けられ、女子高生達は一気に色めき立つ。
 電車の揺れなどものともせずゆったりと歩み、体重を感じさせない優雅な仕種で腰を下ろした男は、もう一度少女達に微笑みかけた。
 それを見て、またも茹で蛸のように赤くなった彼女達は、口許を押さえて友達の肩を叩き、叩かれたほうは相手の鞄の紐を掴んで揺さぶり、なぜか膝を小刻みに揺らしたりと、奇妙な動きを取る。悲鳴をあげて、飛んだり跳ねたりしてはしゃぎたいのを、懸命に我慢しているらしい。
 喜悦と優越感で奇っ怪な動きをしている女子高生は、まるでアイドルと言葉を交わしたかのような反応だった。
 まぁ、その気持ちも解らなくもない。
 久保とて、彼と会話ができれば、翌日まで頬は緩んでいるかもしれないからだ。
 それからは、静寂だった。水仙の香りで満たされた電車は、静かに暗闇の中を走っていく。
 いつもならば久保は居眠りの真っ最中なのだが、今日は眠る気にならなかった。他の乗客同様、眉目秀麗な男にちらちらと視線を送る。こちらを見てほしいような、伏し目がちのまま微動だにせずいてほしいような、複雑な気分だった。
 やがて倉敷駅に着いた電車は、駅名を告げて扉を開く。
 すり抜けざま水仙を抱えた男は、もう一度少女達に「ありがとう」と告げ、足早に改札へと向かっていった。
 思わず追いかけるように改札へ向かった久保は、声をかける勇気もないくせに無様に後をついていく。甘やかな薫りにつられてふらふらと飛ぶ、愚かな羽虫のようだ。
 南口の階段を降りていく途中、彼は長い髪をほどいてしまい、それが下から吹き上がってくる冷たい風に煽られてなよやかになびく。
 この黒髪に指を通すことができるのは、どのような女性なのだろうか。女が気後れするほどの美貌を持つ男の恋人に納まるには、いかほどの美を備える者なのか。
 そんなことをぼんやり考えていたためか、目の前で彼がぴたりと立ち止まってしまっていることに気づくのが遅れ、危うくぶつかりそうになる。

「……おかえり。お疲れさん」

 階段を降りてすぐの煉瓦の柱にもたれていた男が、親しげに彼へ声をかけた。
 かなり背の高い男だ。
 年齢は彼とさほど変わらないように見える。眼鏡の奥の少し垂れた印象の眦が愛嬌ある顔立ちに見せているが、間違いなく相当いい男の部類に入るだろう。
 麗容な彼の隣にいても、見劣りしない格好良さを備えていた。

「迎えに来てくれたんですか? いいのに」
「大荷物を抱えて帰るなんてメールしてくるからだろ。……それにしてもまぁ、また目立つ格好で帰ってきたもんだな」

 かなり親しげな様子だ。
 つい立ち聞きしていたくて懐から携帯電話を取り出した久保は、メールのやり取りをしている風を装ってその場に残った。

「スーツに花、よりかは目立たないと思ったんですが……」
「いや、変わんねーし。……ていうか、花抱えてる人ってのは、どうしたって目立つ。何着てても同じだろうな。……それに」

 コートのポケットから手を出した男は、何気ない仕種で風に乱された彼の黒髪を整えるように梳いた。

「おまえだし」

 格段に甘さを含んだ声だった。
 愛しい大事なものを撫でるように、佳人のこめかみ辺りから差し込んだ指で何度も何度も艶やかな長い髪を梳いてやっている。
 もつれた感触がようやくなくなったのか、仕上げとばかりに彼の耳へ髪をかけてやり、男は名残惜しそうに手を引いた。その間ずっと、彼は当然のようにじっと男のすることを享受していたのだった。
 親しい、なんて表現では言い表せないほどの親密さだ。

(これは……もしかして)


「……そう。じゃあ、次からはマスクとサングラスを忘れないようにします」

 彼が発した声に、久保ははっと我に返る。

「帰りましょう。……歩いてきたんですか?」
「いやいや。寒いから車で。すぐそこのパーキングに止めてある」

 自然な仕種で彼の抱えていた水仙の花束をひょいと取り上げた男は、良い香りなどと言いながら先に歩き出す。
 それに従うように彼もふわりと動いた。

「ところで何これ。茶道の先生に貰ったの?」
「床の間に生けるために必要だからとご主人に頼んだら、あまりに大量に持って帰ってこられたそうで」
「ははっ。怒られただろうなぁ、旦那さん」
「山じゅうの水仙を取ってきたのかって叱ったそうですよ」

 さすがにもうついて行くわけにはいかない久保をその場に残して、二人は仲良さげに話しながら立ち去っていった。
 関係性を邪推しようと思えばいくらでも邪推出来そうだが、面倒見の良い年上の友人という可能性もある。

(敬語を使ってたな)

 上司か、或いは先輩か。
 男とはいえ、あれだけ見目麗しい人ならつい構ってしまいたくなるだろう。懐かれれば尚更である。
 さも当然の如く目の前で麗人をさらっていった男への羨望を隠しきれず、久保は虚しいスライドをやめてスマートフォンを内ポケットに仕舞った。
 そして自分の姿を改めて見下ろし、小さく溜め息をつく。
 残業帰りでくたびれた顔に、よれたスーツの上から型落ちのコート。
 あの美人の隣を歩いたところで、ただの道化だ。
 のろのろとその場から動こうとした時、重いエンジン音を響かせながら、真っ黒なRX-8が駅前の道路を走っていった。
 乗っていたのは――先程の二人。

(なんかもう、完敗だ)

 何一つ取っても敵わない。
 あんな勝ち組、見るんじゃなかった。
 今度は大きく息を吐き出した久保は、次の電車を待つのも嫌で、ロータリーに停車していたタクシーに乗り込んだ。

「水島まで」
「……お客さん。なんでここで降りたんです?」
「あー……その。ちょっとした、間違いで……」

 駅から出てきたのを見られていたことに羞恥を感じたが、曖昧な言葉で誤魔化す。
 愚かで儚い夢に惑わされた途中下車の代償は、ずいぶん高くついたのだった。



end.



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