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夏の戯れ



 七月に入れば、さすがに本格的に夏が来たのだと感じる。
 感覚的なものでしかないが、六月という文字には、反町は夏のイメージを抱けなかった。どちらかといえば、梅雨の印象が強い。横浜家の庭やアプローチに咲く見事な紫陽花たちが、そう感じさせるのだろうか。
 さらりとした布地を膚に滑らせた反町は、張りつきまとわりつかぬ生地にほっと息をついた。
 蒸し暑い夕方。少し外での作業があったため表に出ていた反町は、突然の大雨に見舞われたのだ。慌てて屋内に戻ったが、豪雨にも等しい降り方に短時間にもかかわらず頭から爪先までずぶ濡れになってしまい、仕方なく着替える羽目になった次第である。
 洗面所で髪を乾かし、きちんと畳まれた浴衣を広げて袖を通す。
 淡い色合いの浴衣は、よくよく目を凝らせば柄が見える程度の装飾しかなく、シンプルなのに上品な誂えが反町は気に入っていた。
 べつに、湊吾が選んでくれたからというわけではない。決してそういうわけではない。
 着替えを済ませ表を見てみれば、もうすっかり雨はあがっており、さっきのはなんだったのだと溜め息をつきたくなる。
 虹が見える程に天気は良くないが、それでも大層蒸し暑かった。
 ふと思い付いた反町は、くるぶしあたりまで浸かる程度にたらいに水を張り、縁側に腰掛けて裸足の足をそっとひたす。さらりとした真水の冷たさが、反町の頬を緩めさせた。
 中途半端な雨は湿度を悪戯に上昇させるだけだ。持ってきたうちわで滲み出る汗を冷やしながら、反町は横浜家の庭をぼんやりと眺めやる。
 昔、反町も湊吾も小さかった頃、この縁側でよくお昼寝をした。通路のど真ん中を子供達に占領され、家人はさぞ邪魔だったことだろう。だが、起こされた記憶はなかった。いつも、自然に目が覚めるまで、そっと寝かせてもらっていたのだった。

 あの時、私達にタオルケットをかけてくれていたのは、誰だったのだろうか。

 はたはたとうちわを揺らして思い出に耽っていると、「あっ、いた!」という大きな声が反町を現実に引き戻した。
 そちらを見なくても判る。自分の主人だ。

「反町ずるい! 俺も入る。暑いよ!」

 どっかと隣に腰を下ろしたかと思うと、靴下を脱ぎ捨て、たらいに勢いよく素足をじゃぶっとつけた。

「冷たー! 気持ちいー!」

 ぱしゃぱしゃと左右交互に足を揺らし、水をかき混ぜて下さる。跳ねはしない程度だが、先程までの静けさが一気に吹っ飛んでしまう騒々しさだ。
 もういい年齢だというのに、湊吾は反町の記憶にある小さなやんちゃ坊主のままで、まるで成長していないようだった。
 ……だが、変わらないものなどない。
 明らかに違っているものが、二人の間にはあった。
 波打つ水面のように、反町の心にもさざ波が立つ。
 水平さんのような服を着ていた子供が、一足飛びに大人になって現れたのだ。あの頃彼に抱いていた思いと、現在の感情との移行が唐突過ぎて、反町は揺れ幅の大きさについていけなかった。
 懸命に動揺を表面化させまいと努めながら、反町が陽光を反射させて煌めく水面を見つめていると、突然ひょいっと横から覗き込まれる。
 大袈裟な程心臓が強く跳ね、息を飲んだ。
 間近で自分の姿を映す、灰緑の宝石のような瞳。
 魅入られずにはいられない、強い光だ。

「な……なんですか」
「浴衣、いいな。俺も着たい。というか着替えたい。べったべたなんだよ」
「……判りました」

 足を拭くための手拭いを主に先に手渡した反町は、「拭いて!」と小さな足を差し出していた頃の坊っちゃんを思い出していた。


------



「……暑いよぅ。なんで?」
「浴衣って、そう涼しいものではないんですよ? 申し上げたじゃありませんか」
「反町見てたら涼しそうに見えたのにー」

 情けない表情でめそめそし出した湊吾を、反町は持っていたうちわで扇いでやる。
 再び縁側に戻ってきた反町達はたらいの水を入れ換えて、先刻と同じように足を浸して夕涼みを再開させていた。
 涼を感じる光景だろうが、実際に浴衣を着ている者には、そう涼しいわけではない。存外肌を覆う布が多いので、寧ろ洋服より暑いかもしれなかった。
 ついでに持ってきていた飲み物を盆ごと引き寄せ、よく冷えたラムネの瓶を湊吾に渡そうと振り返る。するとそこには、目を疑う光景があった。

「ちょ……ちょっと湊吾さま……!」
「ん?」

 きちんと着付けたはずだった。
 だが今彼の浴衣は、袷は盛大に開き袖はたくしあげられ、見るも無惨に気崩されていたのだ。

「なんですか、みっともない……」
「暑いんだからしょーがないじゃん。これでやっと、少し涼しくなったよ」

 にかっと笑われてしまうと、反町はもう何も言えなくなる。

「まったくもう……。ほら、今ラムネを」
「あ、いいよ。俺自分で開ける」

 貸して、と水色の瓶をひよいと取り上げ、無造作に、ぶしっと栓を開けてしまう。
 あぁもう。そんなことをしたら――

「わわっ! 溢れた溢れたー!」
「当たり前でしょう。ほら、拭きますから貸して」

中身の減り続けるラムネ瓶を取り返した反町は、綺麗な手拭いを取ろうと上体を捻った。だが、瓶を握る腕と手に熱い感触を受け、僅か目を見開いて振り返る。

「っ、……」

 反町の細い手首を捕らえた湊吾が、溢れるラムネで濡れた手に唇をつけ、舌を出し、舐めた。

「……勿体ない、からね」

 上目遣いでこちらを見つめたまま、犬のように反町の手に舌を這わしてくる。
 やわらかくて、濡れた熱い感触に、反町の腰にぞくりと走るものがあった。

「これ、減っちゃった。こっち飲んでくれる? ……ダメ?」

 目を逸らせないでいる反町に、湊吾はわざと低い声色を使い甘い口調で囁いてくる。ラムネの瓶を掴んだ手に唇を触れさせたまま、ずいと持ち上げて反町の目の前まで持っていき、今度は飲み口付近へと顔を近づけた。自然と二人の顔が寄せられ、その距離はラムネの飲み口分しか開いていない。
 反町の大好きな灰緑の瞳が、ごくごく間近にあった。
 瓶をどけられてしまえば、互いの唇の間を遮るものは何もない。湊吾もきっと、それを分かっている。分かって、やっているのだ。

「ねぇ、たんま……」
「……ご自分でこぼしたんでしょ。責任もってこちらをお飲みなさい」

 すんでのところで我に返った反町は、湊吾の唇にラムネ瓶をぐいっと押し付け、自分は上体を逸らして涼しい顔をしてやる。何も察しなかった、なんとも思わなかったという態度を取った。
 湊吾がラムネを受け取ったのを確認してから手を離し、自分の分のラムネを開栓する。ぷしっと小さく鳴ったあと、ガラスにビー玉が落ちるカランという涼やかな音色が、少し心を落ち着かせてくれた。

 「……ちぇ」

 聞こえるか聞こえないかの、ささやかな不服。
 油断も隙もない。
 熱く駆り立てられた身体の内側を冷やすように、反町は冷たく弾けるラムネを煽ったのだった。



end.



プラセボ】こち様への贈答品。
ひっそり行われた浴衣祭りの絵に触発されてのイメージテキストでした。



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Date:2014/08/29
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