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蠱書 3




 一ノ木いちのぎには、人の心が視えるという特異かつ厄介な能力がある。
 わざわざ他人の頭の中を覗くなんて手間をかけなくても、否が応にも判ってしまうのだそうだ。そしてそれは、人間に限ったことではないらしい。
 そんな雑多な意思にいちいち耳を傾けていては生活など出来ないため、いつの間にかそれらを意識から閉め出す術を身に付けた一ノ木であるが、それでも更に周囲に対し心を閉ざす。わざと、より鈍感になるよう意識している。
 そうすることでようやく、彼は日常生活を送れるのだ。
 梶浦にしてみれば、まだまだ一般人よりも勘は鋭いとは思うのだが。

(霊感が強いことも、関係しているんだろうか)

 読心能力が先か、霊感が先か。
 こればかりは本人に聞くしかない。だが、彼は過去に強いしがらみを抱いており、その事情を知る梶浦としては、根掘り葉掘り訊ねることは憚られた。
 赤信号で止まったのをいいことに、梶浦はリアシートにお行儀良く収まっている男を横目でちらりと見る。
 膝に鞄を乗せ、その上に自分の手を置き、運転していないにも関わらず、一ノ木は真っ直ぐに前を見据えていた。
 時折まばたきで伏せられる睫毛の、なんと長いことか。それが光源の位置によっては、頬に影を落とす程だと知っている。
 一目惚れした、大好きな横顔だ。
 一種妖しい美しさなのに、清廉で凛としていて、意志の強い眼差しに相応しい、きりりと引き結ばれた唇。額のラインも繊細な鼻梁も、全てが完璧だった。

(綺麗……)

「それはどうも。信号、青ですよ」
「えっ、あっ」

 はっとして前方に視線を戻すと前の車は既に発進しており、彼方へと去っていた。慌ててこちらもギアを入れアクセルを踏むが、おそらく後方の車にクラクションを鳴らされる寸前だっただろう。或いは真っ黒なスポーツカーに臆し、鳴らすに鳴らせなかったか。

「ごめん。ありがと」
「いらんこと考えているからですよ」
「そうだよ、おまえ。俺は口に出してなかったよな?」
「あんなにはっきりと考えるからじゃないですか」
「こっそり思ったって聞こえるんだろ。だったら一緒じゃんか」

 軽く笑い飛ばす。
 だが、ああ言えばこう言う、一言えばとお返す男が、ふと黙り込んだ。
 きつい言い方をしてしまっただろうかと一瞬不安になった梶浦の腿に、白くしなやかな手がそっと触れてきて、どきっと心臓が跳ねる。

「……視るな、とは言わないんですね」
「今更だろ? それに俺はおまえに視られて困るようなこと考えないし。浮気なんかしねーもん」

 歌うように気軽に言っても、一ノ木は黙したままだった。
 解っているのだ。
 これは彼の欲しい言葉ではない。
 本当は、解っている。
 他人の心が視えるその異様な力を、気味悪がられなかったとは到底思えない。心を見抜かれて平気だとぬかす人間など、いなかったのだろう。

(気持ち悪いなんて思わない。怖くもない)

 聞こえているであろうことを想定して強く心の中で語りかけると、遠慮がちに太腿に置かれた右手がぴくっと小さく反応した。そして、ゆっくりと引かれる。
 顔も見たかったのだが、おそらく前を見なさいと叱られるだけだと解っているので、梶浦はぐっと堪えた。

「……口で言えば良いのに」
「大好き」
「そんなこと聞いていません」
「えー。だって言えって言うから。好きだよ、一ノ木」
「うるさい」

 照れた顔をしているだろうか。
 それとも無表情か。
 いつもむすりと怒ったような顔をして、変化といったら眉間の皺が深くなるか妖しげな微笑だけ。
 他の表情を見ようと思えば、褥に引きずり込むしかなかった。ベッドの上でなら、この男は十色の顔を見せてくれる。

「……ッ、何を考えているんですかっ!」

 さっき優しく触れてくれた腿を、今度は乾いた音が鳴るほど叩かれる。

「いってー!」
「自業自得です」
「事故ったらどうすんだよ……ったく……」

 ぶつぶつ文句を言ってみるが、一ノ木の照れた声が聞けた梶浦は満足げに口許を緩めていた。
 本当に、本当に可愛い。
 運転していなかったら、強く抱きしめてキスしていただろう。
 というか、したい。他にも色々してしまいたい。
 頭の中は淫らな妄想でいっぱいだったが、一ノ木は梶浦の思考を完全にシャットアウトしているのか、あれ以上叱咤してはこなかった。まぁ、呆れて無視している可能性もあったが。

「……さて、多分そろそろ着くよ。何か霊的なもの、感じる?」

 水島の碁盤の目のような道路をいくつか曲がり、住宅団地に入る。
 昭和築と思われる家と最近の流行りの家とが混在している住宅街は、平日の昼間ということもあり、どこの家にも車がなく人気もなかった。

「いえ、何も……。実際に見てみないと判りませんね。今のところ、クロも反応しませんし……」
「そのさ、クロって名前……なんとかならないの?」

 一ノ木の膝に置かれた鞄の中には、和綴じの黒い冊子が入っている。彼曰く商売道具でもあり、相棒でもあり、敵でもあるというその本は、梶浦の実家から譲り受けたものだ。
 意志を持つ物――九十九神のようなもの――だと言うので、じゃあ名前でも付けてやればと冗談めかして薦めたのは梶浦だった。だがまさか、そんな適当な名前を付けるとは思わなかったのだ。
 妙に細かいくせに、興味のないことに関してはまるで杜撰な男は、梶浦の言葉で眉根を気難しげに寄せた。

「何か変ですか? 黒い物に黒いと付けてどこがおかしいと?」
「もうちょっと捻ってあげても良かったんじゃない? と思って……」
「中学生や高校生でもあるまいし……妙に凝った名前を無機物に付ける趣味はありません。恥ずかしいだけですよ」
「いや、まぁ……うん……」
「それでなくても本に話しかける痛々しい人間なんですから、更に必殺技みたいな武器の名前を呼ぶような真似、したくありません。こんな歳になって黒歴史の追加は御免です」
「……悪かったよ……」

 口で勝てるわけがないことを改めて思い知らされ、今度は梶浦が黙る番だった。
 そういえば、梶浦が開店するにあたって、なかなか決まらなかった店名をこの男に一任した時のことを思い出す。
 その際も相当いいかげんな候補をいくつも挙げられ、最終的に梶浦が気に入って決定した『イーハトーヴ』の名も、かの有名な宮沢賢治の作品から拝借したものであるが、本人は大先生の文章が苦手だからと読んでもいなかったらしい。未読であろうとも、知識だけはあるところが一ノ木らしくて笑えるが。
 あの時も確か、なんやかんや並べられて言いくるめられたのだったか。

「はあ……変人文へんじんぶんに口では勝てん」
「君も人文じんぶん学科でしょ」
「じゃ、哲学専攻って言い換える。俺は歴史専攻だからね。……実際、哲学コースの連中に口喧嘩仕掛けるなって部の先輩方にも言われてたし、パンフにも載ってたもんな」
「へえ」
「学科紹介文に、『口喧嘩しても勝ち目はありません、やめときましょう』ってな。まったくその通りだよ」
「相手の反論をすべて看破して、持論の正しさを証明する学問ですからね。仕方ないでしょ」
「俺は絶対に無理。そこまで深く考えないもん」

 ずいぶん前に、ポストは本当に赤いのか、その赤は、梶浦が見ている赤と自分の見ている赤とが同じであるのか、などという話を延々されたことがある。最初は面白可笑しく聞いていたのだが、途中噛み殺せなかった梶浦の欠伸によって話は切り上げられた。
 色に限らず、一ノ木は常にいつも何かを考えている。まるで自分の思考で脳内を満たし、外部からの『声』を閉め出しているかのようだった。
 人の考えていることが判り、霊が見え、この男の世界はどれだけ雑然としているのだろうか。
 あれこれどうでも良い会話をしている間に、見覚えのある家が左方向に見えてきた。
 何年か前に訪れたことのある角南家だ。まだ道順を正しく憶えていたことに安堵する。

「あれだ、あの四角い家。着いたぞ」
「……本当に四角いですね」
「角南家に来るの、久しぶりだなー」

 先に一ノ木を下ろした梶浦は、出来る限りギリギリまで家の塀に近付けて駐車した。
 プレゼントボックスのような形の住宅は、二階の一部屋分が丸々バルコニーになっていて角が一ヶ所欠けているが、それでも四角い印象を受ける。
 門扉の傍らで待っていた一ノ木に心中で苦笑し、梶浦が門を開けて玄関扉の横の壁に設置されている呼鈴を押した。

「涼介しかいないのに、それでも緊張する?」
「放っといて下さい。……私一人ならちゃんと頑張りますよ」

 むっと柳眉をひそめ、皮肉な口振りだったが、実は自分に甘えているのだと告げられたも同然の発言に、愛しさを拗らせ込み上げてきた笑いでにやついていた梶浦は、一ノ木に背中を強かに叩かれた。
 たおやかな外見に反して、なかなかどうして乱暴者である。

『……はい。どちら様ですか』

 微かな雑音ののち、インターホンのスピーカー部分から返答があった。
 聞き慣れた口調で涼介だと判るが、インターホン越しはなぜこんなに別人のような声になるのだろうと毎度思う。

「梶浦です。見舞いに来たんだけど、上がっていい?」
『兄貴から聞いてます。どうぞ』

 ブツっと通信が途切れ、しばらくののち、玄関のドアが開かれる。

「すんません、なんか……わざわざ来てもらって……」
「気にするなよ。こっちが勝手に来たんだし。……迷惑じゃなかったか?」
「とんでもない。あ、どうぞ……」

 ドアを大きく開いて招いてくれるが、木造りの扉がひどく重そうだ。
 基本、丈夫な男である。梶浦より数センチ低いとはいえ充分な長身に、清潔感のあるソリッドショートの精悍な顔が乗っかっている涼介は、がっしりとした体格も相まって、バスケットボール選手にも見える。
 力はかなりあるはずだった。
 斜め後ろにいた一ノ木と視線を交わした梶浦は、目顔で訊ねる。何か憑いているか――と。
 梶浦と同じく一ノ木も神妙な顔をして、しかし小さく首を横に振った。

「じゃ、お邪魔するね」
「お邪魔します」

 横を通り過ぎる際、一ノ木が涼介の顔をじっと見つめるも、彼は無反応に眠たげに見つめ返しただけだった。
 一ノ木とまともに目を合わせて赤面しないなど、涼介にはあり得ない。彼はいつも、この美貌を直視できないのだから。

「……なぁ。ほんとに体調悪いんなら、無理すんなよ? 俺達帰るから」

 玄関を上がり、正面にある階段を上っていく。
 先を行く涼介に、落ちてきたらいつでも受けとめる覚悟をしつつ、梶浦は話しかけた。

「え? いや別になんとも……。兄貴が何言ったか知りませんけど、マジ熱もなんもないんスよ」

 手摺を掴んでひょいと振り返った涼介は、まるで普段のよく知る彼そのものに戻っていた。先程の覇気のなさが嘘のように、少し早口の癖のある話し方が復活しており、しかも梶浦の後ろにいた一ノ木を見て、気まずそうな表情を浮かべたのである。

「立って歩くとちょっと身体重たいかな? ぐらいっスね。自分の部屋でごろごろしてると、すげー調子良いんスけど」
「低血圧なのか?」
「まっさか。怠け癖つくと困るから動きたいんスけどね。……あ、俺の部屋ここです。あんま片付いてないですけど……」

 最後のは、どうやら一ノ木に言ったらしい。
 初めて彼女を部屋に連れて来たような、気恥ずかしさと緊張とが入り混ざった高揚感が涼介から感じられ、梶浦は微かに苦笑した。他の男なら業腹だが、この青年に対してはそんな感情は沸いてこない。優越感とかそういったものではなく、涼介の一ノ木への憧れがあまりに純粋すぎて、まったく憎めないのだ。兄の優介にしてもそうだった。一ノ木に対し彼はかなり馴れ馴れしいのだが、どうしても怒る気になれない。梶浦が二人に腹が立たないのは、おそらく、一ノ木が角南兄弟に微塵も悪感情を抱いていないという理由もあるだろう。
 まぁ、だからといって、まったく妬かないかといえば、そうでもないのだが。
 一ノ木が気を許しているからこそ、イラッとすることもあるのである。

「梶浦」

 不意に、隣に並んだ一ノ木が囁くように声をかけてきた。
 馬鹿なことを考えていた思考を聞かれたのかと思ったのだが、彼の真剣な表情を見て、そうではないことを悟る。鋭い眼差しと張り詰めた気配に、思わず梶浦も身構えた。

「どうした」
「……何かいる」
「何か、って……」

 こちらの密やかな会話など気にも留めず、涼介が自室のドアを何気なく開けてしまう。

「どうぞ」
「え……」

 別に、気になるほど散らかってはいなかった。むしろ男の部屋にしてはかなりきれいに片付いているほうだろう。読みかけなのか、漫画本が数冊デスクの上に重なっているぐらいで、これならば誰を呼んでも差し支えはないと思われた。
 だが梶浦が驚いたのは、行き届いた部屋の中にではない。
 そこに見えた、静かにベッドサイドに佇む、可愛らしい妙齢の女性にだった。


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