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連想





 朝晩の気温差が十度を越えると着るものに困る。
 マンションを出た時には感じられなかった暑気が、散歩を始めて一時間程で四月とは思えぬレベルで襲い始めたのだ。
 汗ばむ前に羽織っていた薄手のコットンシャツを脱いで腰に巻き、半袖になった梶浦は、長い黒髪を後ろで一つに纏めている隣の男をちらりと見下ろした。
 さすがの一ノ木も、初夏の陽射しもかくやという暑さに参ったらしい。
 ならば釦の一つや二つ外せば良いのにと思うのだが、きちんと着込まれたマオカラーのシャツは微塵の乱れもなかった。
 いつも涼しげな表情も、普段となんら変化なし。夏だろうがなんだろうが、透き通るような白い肌を完璧に隠す着こなしも変わりなかった。
 彼曰く、長袖のほうが暑くないのだそうだ。

(暑くない、じゃなくて、熱くない……なんだろうな)

 皮膚の薄い一ノ木にとって、肌を焼く太陽光は痛く感じられるのだろう。
 ついこの間まで満開だと思っていたソメイヨシノももうほとんど散ってしまい、葉桜になりつつある。うてなを残し、新緑が芽吹き、この時期のソメイヨシノは変な色だ。
 今、満開に美しいのは牡丹桜だった。
 一ノ木は確かこの八重桜のほうを好んでいたはずである。十重二十重とえはたえと花びらを重ねる様が綺麗だと、昔言っていた。

「……暑いなー」
「ん……帰りますか?」

 ぼそりと呟いた梶浦の言葉に、一ノ木がひょいと見上げてきた。
 真っ直ぐ見つめてくる黒目がちの切れ長の瞳。
 漆黒だと思われがちな彼の瞳は、本当は深い珈琲色だ。陽の光に照らされて、ようやくその色が判る。
 それにしても、意外そうな表情の真意はなんだうか。
 いつもならば散歩となるやはしゃいで帰りたがらない犬が、急に家のほうへ向かって座り込んだ不可解な状況を眺めている飼い主、といったところか。
 そこまで穿った見方をしなくてもいいのかもしれないが、あながち外れてもいないはずである。
 実際、あてどなく散歩をする一ノ木に、梶浦はついていっているだけなのだし。

「いやまだ平気だけどさ。一ノ木、暑くないの?」
「暑くはないです。眩しいけれど……。じゃあもう帰りますか? お昼はどうしましょう」
「家に何があったっけ……」
「ざるそばぐらいなら出来ますよ」
「あー、いいなぁ。冷たい麦茶とざるそば! ……でも、もうちょい何か欲しいな」

 もう少し。
 例えば、味の濃い肉とか。がっつり食べたい。

「そうですね。甘味が足りませんね……」
「いや、俺はそっちじゃなくて」

 梶浦の頭の中が『肉・肉・肉』でいっぱいになっていることを解っているだろうに、きっぱり無視をして甘いものなどと言う一ノ木が、脇道を指差して方向を変える。

「では、コンビニに寄って帰りましょうか。……あ」
「ん?」

 ある一点にぴたりと視線を止め、小さく声を上げた一ノ木がふとそこを見据える。
 ほんの一秒ほどの奇妙な所作を不思議に思った梶浦が、しかし質問をする前に彼はくるりと方向転換をした。

「……いえ。やっぱりコンビニではなく、スーパーに変更しましょう」
「へ? なんで?」

 コンビニならば目と鼻の先にあるというのに、なぜか一ノ木は真剣な表情で行き先を変えた。
 スーパーとなると、もう少し歩かなくてはならなくなるが、この暑い中、なんだってわざわざそんな離れた所まで行こうとするのか。

「ほら、行きますよ」
「ちょっと、待っ……」

 すたすたと歩いて行ってしまう一ノ木を追いつつ、梶浦は先程彼が見つめていた場所をもう一度確認する。
 するとそこには、枝がしなる程に満開に咲き、緑の葉とたわわに揺れる八重桜があった。

「あ……、あ~! 分かったぞ。一ノ木おまえ、あれ見て桜餅食いたくなったんだろ!」

 縁がギザギザの葉と、丸くころんと塊で咲く花が上手く重なり、まるで道明寺の桜餅のようだった。
 梶浦でさえそう見えたのだから、甘党のこの男には容易く連想したことだろう。
 案の定、至極あっさりと肯定される。

「食べたくなったんだから仕方ないじゃないですか。私が玉露を淹れて差し上げますから一緒に食べましょう。……ほら、どうせスーパーにも惣菜コーナーはあるんだから、君にも都合は悪くないはずですが?」
「まぁな……。でも、最近のコンビニにも和菓子は売ってるだろうよ」
「一種類しかないでしょ」
「……はい?」
「製造元が違うものを、食べ比べしてみたいのですよ」

 絶句した梶浦を眇めて見た一ノ木が、僅か唇を尖らせて不快な表情を浮かべた。

「……なんですか」
「別に。……ったく……八重桜見て桜餅食べたくなったんなら、素直にそう言えばいいじゃないか。それを騙すみたいにあんな、さあ……」
「人聞きの悪い……騙してなんかいません。大体、今の話で何か君に損になるようなことがありましたか?」
「損?」

 損はしていない。
 買ってこいと言われたわけでもなし、少し散歩の距離が伸びただけだ。それとて、別段帰りたかったわけでもないので損害は被っておらず、むしろ一ノ木と一緒に歩ける時間が増えて、喜ぶべきところかもしれなかった。
 しかも直々に茶まで淹れてくれると言う。
 反論の道は、相変わらずことごとく絶たれていた。

「……うぐぅ」
「アイス食べながら帰りましょうね」

 暑いことに対する不平まで丸め込まれ、口では絶対に敵わないことを改めて悟る。
 心の声など聴こえなくとも、いとも簡単に思考の先回りをして論破していく一ノ木の頭の回転の早さに、梶浦はいつも感心しつつ屈服するしかなかった。
 こうなるともう何を言っても勝てはしない。アヒルのように口を尖らせた梶浦は、この間見つけた新商品の名前を挙げた。

「……セブンのカフェモカ」
「あ、あれ美味しいですね。ワッフルコーンのやつでしょ?」
「攻略済みかよ!」

 ささやかな意地悪すらも封じられ、飼い犬は黙って飼い主様のあとをついて行くしかなかったのだった。



end.



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Date:2016/04/24
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