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泡沫の音色 第一幕

胡乱な男






 薄汚い、もとい、オンボロ――……かなり年季の入った長屋である。
 その一室、破れた障子を繕いもせず、室内はあくまで必要最低限の家具のみ。ささくれだった畳に寝そべる長身の男に、煙管きせるから立ち上る煙がなついていた。空気の動く音すら聞こえぬ部屋に、時折、煙草盆に煙管を打ち付ける、カンッという小気味良いが響く。
 闇に融けそうな黒髪はところどころ寝癖がついて奔放に跳ね、同じく深い色みの瞳を眠たげに細めて、詼一カイイチは本格的に寝ようかどうしようか迷っていた。
 薄っぺらな布団を身体の上に掛けごろごろとしていたが、ふと顎を上げて、玄関口へと顔を向ける。

「おぅい昼行灯。いるかえ?」
「……若旦那かい」

 からころ鳴る足音が前で止まり、たてつけの悪くなった戸が、ガタピシ鳴りながら開けられた。
 静寂を破り、昼の闇をも吹き飛ばす灰緑の瞳の男。

「はは。相変わらずごろ寝かぃ。いいご身分だねぇ。……暇なら、呑みに行かないか?」
「いいご身分で」

 親指と人差し指で輪を作り、くいとあおる仕草をした湊吾そうごに、ふっと小さく笑って、言われたままの皮肉をそっくり返した。

「ほらほら、さっさと突っ掛けておいでな」
「そう急くな」

 履き物を突っ掛け、戸口をくぐると、先程は見えなかった人物が姿を見せた。
 若旦那の専属の護衛剣士であり、幼馴染みでもある男。たしか、若旦那より三歳年上だと聞いているが、誰もそうは見ないだろう。
 すらりとした体躯に、きっちり正しく着込まれた袴姿は、彼の真面目な性格を表しているようだ。涼やかな目元、雪白せっぱくの肌はきめ細かく、その美貌は美人画も裸足で逃げ出しそうな勢いであるが、硬質な線はやはり隠しようもなく男性のものであった。腰に帯びた二本の刀と同じく研ぎ澄まされた鋭さを湛えて、しかしながら、ぞくりとするほど妖しく、魅了されずにはいられないその容姿は、一介の護衛剣士にしておくには勿体無いと感じるほどだ。
 だが、その腕前は、外見を裏切る。

「よ。あんたも大変だな」
「……慣れていますから」

 煙管をくわえたまま、詼一が言葉だけで労うと、美しい顔は一寸ちょっとも表情を変えることなく、硬い声を返した。
 すっと身を翻せば、あとからついていく高く結われたやわらかな黒髪。その結い紐のそばに、なぜか玉飾りの付いたかんざしが刺さっていた。

「あんたこりゃあ……女物じゃ……?」

 ついと見咎め詼一が指摘すると、無表情だった面差しはそのままに、透き通る練り絹の肌にさっと朱が走った。
 変化に驚く詼一の肩に、湊吾がもたれかかるようにして手を乗せる。

「そうさぁ。でも似合うだろ?」
「あんたがくれてやったのかい?」
たんに似合うと思ったんでさ。いいだろう? 黒髪に赤が映えて」
「まぁ、な……」

 雪白の肌、黒檀のような黒髪に、さんざしのごとく一点の赤が、確かに美しい。
 素朴な簪であったが、おそらくは値が張る代物だろう。

「行くならさっさと行きましょう。馬鹿だん…………若旦那」
反町たんまち、今、馬鹿旦那って言おうとしたよね?」
「言っていません。それから、慣れぬ江戸弁をおやめなさい。……似合わないのだから」

 頬の白さは戻りつつあったが、いまだ耳朶じだを薄紅に染めたままの反町は、恥ずかしい思いをさせてくれた主人に対し、照れ隠しに毒を吐き、微々たる意趣返しをしたらしい。
 冷たい印象を受ける容貌だが、はたしてその中身は、いたく純情であった。







「おやまぁ、若旦那。今日のお連れさんは男の方なんですねぇ。珍しい」
「わわっ、ちょっとタキさん、しーっ」
「あらら、反町さんもご一緒だったの。ほほ。こりゃ失礼しちゃったわね。……反町さん、気にしないでやってくださいな」

 ほほと笑う多喜子に悪気は皆無である。しかし、背後から漂ってくる冷たい視線と気配に、湊吾は背筋につぅと流れるものを感じた。

「…………へぇ」

 気配を裏打ちする氷のような声音。詼一はといえば、不穏な空気を察知して、うにこの場を離れて席についていた。

「ちっ……違う反町! そんなしょっちゅうじゃないよ。分かってるだろ? いつだって、誰よりも、俺の傍にいるのはおまえじゃないか」
「存じ上げていますよ。そしてその、同じ口で……娘さん達を惑わせなさる……」

 詰る口調がいじらしい。
 妬いてくれるのは嬉しくて頬が緩むが、機嫌を損ねたままであるのは厄介である。下手をしたら、指一本触れさせてもらえなくなってしまう。

「俺は昔っから、おまえしか見てないよ。……なぁ反。ここの帰りに、欲しがってた蘭学の書物を買ってやるから……な? 機嫌を直してくれよぅ」

 背けた顔を無理矢理に向けさせるでもなく、ただ優しく髪を撫でて、剣士を口説く。聞き飽いた湊吾の猫なで声にではなく、取引内容に心を動かされたらしい反町は、そろりと目線だけを流してきた。

「……あんみつ……」
「特別に白玉を余分に入れてもらっちゃう!」
「……。し、しかたありませんね……」

 ものに釣られるのはいささか不本意そうではあったが『好物』を二つ並べられ、反町は割合あっさり態度を軟化させた。これ以上だんまりを続けていれば、ますます取引物資が増えていくと危惧したのもあるだろうが。

「やぁ反は優しいねぇ! やっぱり愛しいわさ」
「や、やめてください」

 がばりと飛びつき両のかいなに閉じこめてやれば、頬から耳から真っ赤にして、未だに慣れぬ幼馴染みが羞恥に身を捩らせた。もがいた弾みで、彼の後ろにいた浪人風の男にぶつかってしまう。

「っと……失礼」
「……ちっ」

 小さく舌打ちをした男は、銭を手近な卓の端に置き、店を出ていった。

「何だあれ。態度悪い……」
「非はこちらにあります、若旦那。ほら、さっさといらっしゃい」

 促されるまま、奥のほうに座って先に始めていた詼一の正面に、二人は腰を落ち着ける。

「相変わらず、人目はばからず仲睦まじいな」
「困ります」
「羨ましいかぇ」

 唇の端を上げ煙管をふかす詼一の揶揄に、二人が同時に返した須臾しゅゆののち、多喜子が徳利五本を盆に乗っけてやってきた。猪口はふたつ。

「おっ。タキさん分かってるねぇ」
「そりゃあ、常連さんですもの」
「箸休めを適当に持ってきておくれ。それと、白玉を多めにあんみつを」
「あぃよ」

 湊吾にだけでなく、おっとりと優しい多喜子は、皆の母親のようである。たとえ若くなくとも、看板娘がいなくとも、ここの呑み屋がはやるのは、彼女によるところが大きいだろう。客の殆んどは、多喜子のあたたかさに触れにやってきていた。

「……ところで、詼いっさんよ。あんた餅は食うかい?」

 猪口を傾けながら湊吾が問うと、手酌で酒を注いでいた詼一が視線を上げる。

「まぁ、ありゃ食うな」
「そうかえ。正月に、うちのおたなで餅撒きをやるから、拾いにおいでな」
「へぇ。そりゃ汚いな」
「馬鹿を言っちゃいけない。ちゃあんと包むよ。それで、中にいくつか紅白の餅を混ぜて撒くんだが、それを取ると、その年は一年、いい年になるんだそうだ」
「そんなまじないをかけているのかい?」
「まさか。……誰かさんじゃあるまいし」

 一瞬、意味深な目線を寄越した湊吾の態度を無言で流し、詼一は深く煙を飲んだ。
 大きめの器に盛られた関東煮かんとだきが運ばれてくる。つやつやと輝く白い玉餅がふんだんに乗せられた甘味の皿は、湊吾が恭しく反町の前に置いた。

「いつの間にか、広がっちまった単なる噂だよ。でも縁起物だしな、いいんじゃないか?」
「思い込みの一念は、時に大きな力を発揮する。まこと、人の心は畏ろしい」
「詼いっさんが言うと、洒落にならん」

 と、呑み交わしながら談笑しているところへ、もう一人賑やかな男が飛び込んでくる。
 南蛮渡来の色眼鏡がよく似合う、ちびりと顎髭を生やした色男。情に篤い同心は、通常のものより少々大きめの十手を腰に差して、人の良い笑顔で近づいてきた。雪駄についた後金が、ちゃらちゃらと鳴る。

「よっ。いいご身分だねぇ、まったく」

 長年の友人の皮肉なぞ挨拶と流した詼一は、近くを通った丁稚でっちに猪口をひとつ追加した。

「聞き飽きたな。ロッシこそ、暇なのか」
「暇なもんか」
「平和はいいことだろうよ」
「あんまり平和なら首っ吊りだぜ」

 頂くよ、と言って猪口を空け、ふぅと息をつく。その表情は、些か暗く澱んでいるかに見えた。
 もくもくとあんみつを――まぁ湊吾にしか判らないだろうが、嬉しそうな顔をして――食べていた反町と、ふと顔を見合わせた湊吾は、続いて詼一に目をやる。

「ロッシ? 何かあったか」
「いやなに。ちょいと酷いホトケさんを見てきたもんでな」

 ちらりと卓に並ぶ料理を見るが、手をつけようとはしなかった。

「自殺に間違いはないみたいなんだが……なんだってまた、あんな苦しい死に方を選んだもんだか……」
「あんまり酒の席で聞く話じゃあ、なさそうだね」

 空になっていたロッシの猪口に徳利を傾けた湊吾を、ついでもらった同心がじっと見つめた。その視線に、ひょいと左眉を上げる。

「なんだえ」
「若旦那。江戸弁似合わねぇなぁ……」
「……なんだよっ。みんなしてー!」

 しみじみ言われた言葉に憤慨した湊吾が小さな癇癪を起こすと、そうそうそうでなくては、と席に笑いが沸き起こった。
 わざとらしい粋な言葉遣いは、無邪気さを残す、どこか異国風の整った顔立ちには似合わぬもののようだ。ぷんすか酒を煽るその隣で、幼馴染み剣士が深く溜め息を吐いた。



第二幕へ



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Date:2013/03/26
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Thema:二次創作(BL)
Janre:小説・文学

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