FC2ブログ
 

mj.エンドルフィン

□ スポンサー広告 □

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

FC2拍手のタグ
*    *    *

Information

□ collaboration □

泡沫の音色 第二幕

奇妙な死体





「ところで、さっきのホトケさんの話だけど」
「……酒の席で聞く話じゃあ、ないんじゃなかったのか?」

 ひとしきり、ぷりぷりと毛を逆立てて気が済んだ湊吾が、唐突に話を蒸し返す。せっかく忘れていたのに、とでも言いたげに、ロッシが僅か眉根を寄せて色眼鏡の蔓に指を触れさせた。
 しかし、若旦那は気付かぬふりで身を乗り出す有り様。

「細かいこといいっこなしだよ。死体なんざ見慣れたアンタが、どんよりしちまうような死に様なんて、気になるじゃんか。ねぇ反町」
「私は別に」

 今まで黙然と座していただけの剣士は、不意に振られても主人に同意するでもなく、さくりと突き放す。が、やはりそれすら湊吾は慣れたものだとばかりに気にせず、廻り方に顔を向け直した。
 特別、暇だというわけでもない。しかしながら、さりとて忙しいわけでもないのだ。たなのほうは父親がまだまだ現役であるし、おとなしく店番というのは、自分の性分ではなかった。

「なぁって。ロッシ」
「んん。……入水だよ。何日も経った土左衛門なんざ、見るもんじゃねぇって」

 強い光を宿す灰緑の瞳の力に負けたのか、或いは一人抱えていられなくなったのか、ロッシがぽつりぽつりと話し出した。
 渋面の同心の気持ちを察するには、水死体の惨たらしさを知らねばなるまいが、生憎と湊吾はお目にかかったことはない。ただ、聞き及んでいるだけであった。

「膨らんでふやけちまって、元の面影なんざわかりゃしねぇし、あちこち魚に喰われて骨が見えてた。着物で割り出すしかねぇな、ありゃ」
「しかし…なぜそこまで? ……数日経てば浮かんでくるはずでは?」

 うげげと顔をしかめる若旦那の隣で、反町が眉ひとつ動かさずに問いかける。
 もう一人涼しい表情の詼一が、黙って煙管を燻らせながら、卓を囲む面々を目の動きだけで見やった。

「普通の入水ならば、な。二日か三日で、腹が膨れて浮いてくらぁ。……だがなぁ、今回のは違うんだ。ご丁寧に足を紐でくくって、でっかい石をしっかと抱えて、水底で座り込んでたんだよ……」

 さすがの鉄仮面二人も、目を剥いた。

「死に対してそこまで前向きにならんでも……なぁ……」

 はぁっと大きな溜め息ひとつ吐き、ロッシが徳利で酒をあおった。もう一度、深く長く息を吐く。
 貧しいながらも、人々は活気良く生きているものだと思っていた。
 年の瀬も近付き、きたる新年へ向けての意気込みが、そこかしこで見受けられていたというのに、その陰で、死を選ばざるを得なかった人間がいることが、ひどく切なく感じる。
 誰も何も言わぬ周りで、他の客が騒ぐ声がひとまとめになって、意味を成さぬただの騒音と化す。時折、抜きん出た呼び声が幾つか上がった。
 元より寡黙な詼一と反町。湊吾は想像をたくましくしてしまい、込み上げそうになる吐き気と戦っている。
 ふっと小さな呼気を漏らしたロッシが、唐突にパンパンっと両の掌で自分の頬を数回打ち、ぱっと表情をいつもの陽気なものに戻した。
 こういう切り替えの早さが、この男は好ましい。

「じめっとすんのは性に合わねえや。……お。よーう、羽佐間のじっちゃん! 正月にゃあ、孫の蘭丸は帰ぇってくんのかい」

 たまさか側を通りかかった握り飯を貰ったらしい老人に、人懐こい同心が大声で話しかける。しかし、そうと知らぬ者がいないほど耳が遠い羽佐間のじじいは、明後日の方向へ返事をした。

「あー? まぁなぁ、冷てえおまるは蹴飛ばしたかぁなるわな」
「誰がそんな話をしとるかぁ!」

 案の定というか、まったく見当違いのいらえが返ってきて、ロッシが勢いよく突っ込み、再び酒の席に笑いが沸いた。
 と、そこへ光を反射して煌めく姿が飛び込んでくる。
 冬枯れの木々に、まるでぱあっと春の花が咲いたような印象を抱く彼女は、まさしく江戸の小町。
 しかし、今その表情は少しばかり険しく、青ざめていた。

「あ! やっぱりここにいた! ロッシさん!」
「ジェダ」
「すぐに来てください。また、死体が上がりました……!」

 使用人の岡引おかっぴきが来なかったのは、伝言役としてジェダのほうが早いと判断されたからだろう。しかしどこから走ってきたのか知らないが、俊足小町の名を戴く彼女が息を切らしている。

「まさか、入水じゃねえだろうな」
「その、まさか……です。しかも……五人、一気に……」
「なんだと!?」

 しんと静まり返った店内に、同心の荒々しい驚愕の声が、響いた。







 俊足小町の姿を見失わぬよう追いかけ、現場へと駆けつけた四人は、すでに野次馬で埋め尽くされたそこへと、息も絶え絶えに近づいた。

「はい、ちょいと御免よ」

 垣根というよりかは、いっそ城塞と言ったほうが正しそうな人だかりを掻き分け、ロッシが道を作って通っていく。
 どさくさ紛れに、詼一たちもぞろぞろとついていった。

「ひでぇなぁ……」
「一家心中か?」
「いや。茂作さんはひとりもんだったよ」

 人ごみから漏れ聞こえてくる囁き。
 顔の判別が付くのだろうか。それとも、誰ぞと判るのは着物ゆえか。
 水辺に並べられた五体の土左衛門には、すでにむしろが掛けられていて、はっきりと見ることは叶わなかった。……まぁ、見たいとも思わないが。
 ゴザからはみ出した足は、ロッシの話通り、幾重にも巻き付けられた紐でしっかりと結ばれており、余程泳ぎに自信がある者でなければ、水底から浮かび上がってくるのは困難に思えた。
 むしろをぺろりと捲っては顔をしかめて下ろし、廻り方仲間から何事か話を聞いた後、ロッシがこちらへと戻ってくる。

「参ったなぁ……医者の話だと、ほぼ同じときに飛び込んでるらしい」
「心中……ではないんだな?」
「見も知らぬ他人同士が、せーので入水するか?」

 と、すぐ後ろで、ひゅくっとジェダが息を飲んだ。

「ジェダ?」
「ロッシさん……あの、あの子……。あの着物……憶えていませんか……?」

 真ん中に並べられた子供の死体。むしろからはみ出た着物の柄に見覚えがあったらしく、色眼鏡越しのロッシの目が見開かれた。

「あの子供か!」

 数日前、スリを働いてくれたと、ロッシが取っ捕まえた少年のものである。ジェダが饅頭をあげたとき、彼女の笑顔に面映ゆそうな表情を見せた擦れっ枯らしが、今はそこで、物言わぬ肉塊と成り果てていた。
 少なからず言葉を交わした、年端もゆかぬ人間の変わり果てた姿に、衝撃を隠しきれずジェダがよろめく。

「そんな……」

 静かに佇んでいた若旦那の護衛剣士がその華奢な肩を支え、宥めるように彼女の耳元で何事かを囁いていた。

「ロッシ……」
「……あのガキは、生きようとしてた。石抱えて飛び込むような奴じゃねぇよ」
「…………」

 何か、ある。
 詼一の直感が、そう告げていた。
 ただの入水ではない。かといって、普通の殺人でもなさそうである。

「カイイッちゃん」

 いつの間にいたのか、詼一の右後方に張り付くようにして、少年と見紛うような小柄な人物が立っていた。

「……シンか」

 将軍様お抱えの、忍の一人である。しかし、どういったことか、詼一にえらく懐いてしまって、それはいいのかと言いたくなるくらい個人的に働いてくれて、情報を垂れ流した。
 不思議な色の瞳は猫の目のように少しつり上がっていて鋭く、まるで蝶が羽を休めているかの如く長い睫毛。必要とあらば女性にょしょうにも化けて任務を遂行する、男とも女ともつかぬその美貌は、若旦那に言わせれば、「反町のほうが別嬪」ということらしいが、詼一はなかなかにいい勝負なのではないかと思う。
 性別不明の美しさは突出しているのに、何故かうまく町人に溶け込み、まるで目立たなかった。
 さすがは忍、といったところか。

「何か識っているのか」
「実は、おおっぴらにはされてないけど、城ん中でも同じ入水が起こってる。……家臣と女中が数人、一緒に堀から見つかったんだ」

 ふとシンの存在に気が付いたロッシが、呆れ顔をする。

「おいおい……。んな機密情報、堂々とばらすなよ」
「黙れ南蛮かぶれ。奉行どころか与力にもなれねぇ下っ端が」
「ンだと!? 将軍様も守ってねぇサボり忍者に言われたかねぇよ! ……って、聞いてんのか!?」

 顔を合わせるたびにこれだ。
 面と向かって罵り合えるだけ、健全に険悪な証拠なのだろうが、それにしたってかまびすしい。
 またしても仲良く口喧嘩を始めたのかと思ったのだが、シンがきょとんとした表情でくうを見つめていた。

「どうした? シン……」
「カイイっちゃん。鈴の音しねぇ?」
「鈴? いや、何も聴こえないが……」
「気のせいか……」

 幼さの残る端正な顔が、腑に落ちぬ表情を見せる。
 忍の身ゆえ、五感が発達しているのだろう。時折、彼はこんなふうに自分たちには分からない音や匂いを感知した。

「どうせ、犬笛かなんかが聴こえたんだろ」
「誰が犬だって!?」

 へっと鼻で笑ったロッシに、短気なシンはすぐさま噛み付く。
 ぎゃあぎゃあと子供のような口喧嘩を再開させた二人を放っておき、詼一は袖に手を差し入れその場を離れた。人垣から遠い位置で、ジェダを介抱していた湊吾と反町の元へと歩いていくと、若旦那だけが下駄を鳴らしながら軽い足取りで寄ってきてくれる。
 懐に腕を仕舞い込み、まるで鼻歌でも歌いそうな雰囲気で、舞うように歩く男だ。
 子供の顔をして、大人の遊びをする男。
 しかし、その灰緑の瞳は幼馴染の剣士しか映しておらず、心底大事に想い慈しみながらも、恐ろしいほどの情念で彼を愛している。決して彼を離さぬその愛は、時としてひどく凶暴性を帯びた。
 腹のうちがあまり知れないが、どうせ詼一も似たようなものである。

「どう思う? 若旦那」
「動機も共通点もなし、か……。奇妙な連続自殺……詼いっさん。こりゃあ、アンタの領域じゃあないのかい」
「……かもしれん」

 肘を乗せたその下で、重さを増す日本刀。
 闇に棲まうモノを斬るその刀が、出番を悟って鳴いた――気が、した。




第三幕へ




スポンサーサイト

FC2拍手のタグ
*    *    *

Information

Date:2013/03/26
Trackback:0
Comment:0
Thema:二次創作(BL)
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。