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泡沫の音色 第三幕

聴こえぬ鈴の音





 妖怪退治屋。
 詼一の仕事を説明すれば、そんなところだろう。
 しかし、妖のすべてを斬るわけではない。あくまでも人間に害為すものだけである。
 古屋家に代々伝わる秘刀『蜘蛛丸』は、人ならざるものをたちまちに滅し、決して人間は斬らぬものであるとされていた。
 とはいえ、銀光放つ刃が人間を傷つけないわけではなく、ただ、斬ってはならぬと戒められているだけだ。ひとたび人の血を吸えば、蜘蛛丸は即ち妖刀と化し、無論、使い手もただでは済まされない。

「……で、妖怪の仕業なのかい?」

 カラコロと下駄の歯を鳴らしながら、浮き足立つように隣を歩く湊吾が詼一に訊ねてくる。

「まだ何とも言えんな。手掛かりが少なすぎる」
「何か見えねえのかい」
「見えん」

 はっきりと断じてやると、ふぅんと呟き、興味をなくしたのか、湊吾は美しい幼馴染のもとへ舞い戻って行った。
 濁したわけではない。事実、無惨な死体からは、妖の気配など欠片も感じなかったのだ。
 しかし、ああも綺麗に何も見えぬというのも、解せない。
 普通ならば、あれだけの苦しい死に方を選べば、何かしらの思いの残像が残っていて然りである。にもかかわらず、数体の死体のどれからも、この世への感情の欠片も残っていなかった。
 まるで、自分が死ぬことを知らなかったかのように。
 死に準ずる道筋を辿っていることに、誰も気付かなかったのだ。

「何故だ……」

 彼らを、導き操ったものがいるはずだ。しかしながら、取り憑きもせずに、人を操ることなどできるのだろうか。
 そんなことがはたして可能なのか。

「カイイっちゃん……」

 足音も立てずに傍らへと近づいてきたシンが、珍しく不安に揺れる声色で名を呼び、考え込んでいた詼一の着物の袂をきゅっと握ってきた。
 この青年が、こんなふうに縋ってくることは滅多にないことである。

「どうした。シン」
「やっぱり鈴の音する……。これ、なんかヤだ」
「……どんな音だ」
「本当に聴こえねえの? ガラガラいうでかいやつに、ちっこい鈴が幾つも入ってるみたいな……そんな感じなんだけど……。風が吹くと、よりはっきり聴こえるよ」

 やはり、感覚が鋭い。
 詼一には何一つ聴こえないのだが、シンの耳にははっきりと捉えられているようだ。自分の耳に聴こえるのは、木枯らしが吹き抜け木々をざわめかす音と、夕暮刻の人々の喧騒である。
 城下町の活気溢れる人達は、今や足並み揃えてこちらへと向かって…………

「……ハァ?」

 思わず、間抜けな声が出た。
 それもそのはず。忙しなく駆け回っていた丁稚でっちも、大根抱えて家路についていた女も、これから一杯引っ掛けに行こうとしていた男達も、先程まで死体に群がり垣根をこさえていた連中までもが、詼一らのほうへと向かってきていたのだ。
 皆一様に虚ろな表情で、足を引き摺るようにゆっくりと歩いてくる。
 全力疾走で突撃されても困るが、まるで柳の如く揺れながらふらふらと寄ってこられても、これはこれで存外気色が悪かった。

「何だテメーら」
「待て、シン。みんなおかしい。……迂濶うかつに近づくな」

 じゃりじゃりと地面を擦りながら距離を詰めてくる町人達が、詼一とシンを囲むように人数を増やしていく。二人は背を合わせ、即座に行動できるよう、隙なく身構えた。
 癖で腰の日本刀に触れた詼一は、虚ろな人々の背後に、微かではあるが、黒い粉のようなものがへばり付いているのを捉える。

「――――?」

 なんだ、あれは。
 粉、というよりかは、舞い上がる灰に似ている。
 妖怪でないのは判った。妖の気配を全く感じないのだ。
 しかし町人達のこの異常な行動の原因がそれにあると直感した詼一は、灰の正体を見極めようと眼を凝らす。
 その時、人垣の向こう彼方から、きゃっと小さな悲鳴が上がった。

「ジェダ!?」

 思わず叫ぶ詼一の背中で、シンが小さく舌打ちをしたのが聞こえた。
 詼一がジェダを案じたからではない。
 昔こそ、詼一だけを見ていたシンだが、今はもう違う。彼にも、大事なものが増えていることを詼一は知っていた。
 つまり嫉妬ではなく、すぐにジェダの元へ駆けつけられない現状に短気なシンは苛立ったのだ。

「……大丈夫だ、シン。ジェダのところにはきっと若旦那たちがいる」

 失念してしまっていることを低く告げると、背中に張り付く細い身体から、少しだけ緊張が解けたのが伝わってきた。
 それに小さく笑みを漏らした詼一は、改めて異様な状況に向き直る。

「……どうすっかな」

 黒い何かは、もう、見えなくなっていた。






 花のかんばせを曇らせて座り込んでいたジェダの腕を、唐突に背後から引っ張った者がいた。
 前触れない乱暴に驚いた彼女は、当然、小さな悲鳴を上げる。

「何をする!」

 ジェダの傍らにいた反町は、咄嗟に狼藉を働いてくれた男の手の甲を、刀のつか部分で強く打った。だが、骨張った手はびくともしない。
 鋭い視線で睨み上げるも、虚ろな目をジェダに向けているだけの男は、まるで反町の存在など見えていないかのようであった。
 魚屋に並ぶ死んだ魚の目に似たそれは、反町のはだを粟立たせる。

「えいっ」

 不意に、暢気な掛け声とともに、ジェダの腕を掴み締めていた男の手の甲へ、串らしきものがふり下ろされた。
 串は甲の皮膚をあっさりと突き抜け、男の意識を反らすのに成功する。

「若旦那!」
「そ、湊吾さん。なんてことを……!」
「ん? だって、困ってたでしょ?」

 まるで、悪びれずに笑ってみせる。
 恐ろしい人だ。
 子供の無邪気な残虐さをそのまま残す主人の気質に、反町は時折戦慄させられる。
 大事なものとそうでないものが、きっかりと区別された男なのだ。

「反町。蹴散らせる? ちょっと、こいつら気味悪ぃよ」
「同感です。……ジェダさんをお願いできますか、若旦那?」
「合点承知」

 もしかすると、彼女が一人で走るほうが逃げ切れるのではないだろうかとか、ちらりと考えたが、反町は口にはしなかった。
 逃げ道を作ったとしても、湊吾はおそらく、ジェダ一人を先に逃がして、反町の傍らにいるだろうことが容易に想定できたからだ。
 傍にいたほうが守りやすいのは守りやすいが、逃げて貰わなくては困る。役割を与えておけば、ちゃんとあの男は反町を置いていってくれるだろう。
 すうっと一呼吸の間に、目付きを研ぎ清まされた刃の如く鋭くした男が、全身の気を張りつめ前衛に出る。
 背後にいる二人から意識を逸らすことなく、周囲の異様な人間達を見据えた。
 虚ろな目をして、とても捕らえられるとは思えぬ動きで迫ってくるが、腕を伸ばし一様に正気の三人を狙っていることが確かな町人達の行動。
 抜いた脇差しを逆手に持ち変えた反町が、小さくヒュッと息を吐いたとほぼ同時に、地面を蹴った。

「おいで。ジェダちゃん」

 一人をも倒すことすら確認せず、己の護衛が地を蹴った直後に湊吾がジェダの手を引き、走り出す。
 その若旦那の行動、振り返らない反町の姿に、ジェダは二人の深く強い信頼と絆を知った。
 剣技でありながらも、まるで舞のように銀光を翻し、人々を地に伏していく反町の腕前には感嘆の吐息を漏らすばかりだが、しかし、それにしたって痛そうである。

「あの……皆、大丈夫なんでしょうか……」
「うーん、峰打ちなんだけど……どうかなぁ……」

 そんなやり取りを背中に聞きながら、反町は一分の迷いなく、障害となるものを切り伏せていった。
 気の毒だが、この際、仕方がない。
 目の前の人間が太股を打たれて倒れても、微塵の恐怖も感じさせずに――いや、倒されたことにすら気が付いていない様子で、浪人風の男がふらふらと腕を伸ばしてくる。薄気味悪さを堪え、脇腹を薙いだ。
 どさりと音を立て転がるが、痛みを感じているのかどうかは判らなかった。
 襲い来る人間の中には女性も子供も混じっているが、さすがに峰打ちとはいえ、か弱き者に銀刃を振るう気にはならなかったので、突き飛ばすにとどめる。
 と、次に倒そうと目線をやった人間の一人が、打ち据える前にどうと地に伏したので、反町に一瞬動揺が走った。

「おい! あんたら無事か!?」
「詼一殿!」

 駆けつけてくれたのは、妖怪退治屋の男だった。
 彼に付かず離れず忍の青年が、得物を持ちながらも丸腰の詼一を援護しており、彼が先程の人物を倒した張本人らしい。しかしなぜか、時折耳を塞いでいる。
 援軍が来たことで、襲い来る虚ろな人々を蹴散らせる速さが格段に上がった。
 完全に行く手を確保できた一団は、ひたすらに走り去り追手をまく。怪我させずに済むなら、そのほうがいいのだ。疲弊してくれば、確実に力加減を誤る。
 ひとまず人気ひとけのない適当な場所で身を潜め、息を整えた。

「無事か?」
「はい、どうにか……。あの……あれは一体……」
「分からん。突然のことで……」

 声を抑え、詼一と会話を交わす反町に、シンがじっと視線を注いでいた。
 そういえば、この忍は詼一に並々ならぬ執着を見せる。
 まさか、言葉を交わすだけでも気に入らないのだろうか、とぼんやり考えていると、反町を真っ直ぐに見据えたままシンが声をかけてきた。

「なぁアンタ。……さっきさ、何か聴こえなかったか?」

 だが予想に反して、青年は思いもよらぬことを訊いてくる。
 皆の視線がこぞってシンに移動し、それから一斉に反町へと向けられた。

「何か、とは?」
「鈴の音だ。アンタなら聴こえてるかと思ったんだけどな……」

 眉を寄せて目線をやや逸らし、ちっと小さく舌打ちをする忍を見つめながら、反町は先程の異常な状況を思い返していた。
 ガヤガヤと夕刻の賑やかさがふいに途切れ、そして豹変した町人達。
 見覚えのある顔を打ち伏せる不快さの中で、反町は確かに小さな鈴の音を聴いたことを思い出した。あの時は、誰かの持ち物に付いていた鈴だろうと気にもしなかったのだが。

「……いえ。聴きました。……小さな鈴の音を……」
「小さい? でかいのは聴こえなかったか? 神社とかにぶらさがってるみたいな大きさの、でっかい鈴の音だ」
「それは……存じ上げませんね」

 窺うように若旦那と妖怪退治屋にも目線を向けたが、二人共に首を左右に振った。
 多少の差違はあれども、奇妙な鈴の音を捉えたのは、反町とシンだけのようである。
 と、護衛の端正な顔を眺めていた湊吾が、ふいに、あ、と口をぱかんと開けた。
 何事かと思う間に、彼はその表情のまま詼一を見る。

「詼いっさん。そういやぁ、ロッシはどうした?」
「…………。忘れてた」



第四幕へ
番外編~シンの章~へ



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Date:2013/03/26
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Thema:二次創作(BL)
Janre:小説・文学

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