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泡沫の音色 番外編

~シンの章~



 へまをした。
 任務をしくじった忍は、棄てられる運命にある。所詮、捨て駒。自分もあっさりと首を飛ばされることだろう。
 いや――その前に、ここで朽ちてしまう可能性のほうが大きかった。
 標的の男を瞬時にして見失ったと思ったら、シンはどうなったかも判らないまま、崖下へと身を投げていたのだ。
 無論、意識してやったわけではない。
 何が楽しくて、この高さから縄も着けずに飛び降りねばならんのか。いくら身軽なシンだとて、予測せぬ落下に態勢を整えきれず、あちこちに身体をぶつけながら硬い地盤に叩きつけられた。
 まっ逆さまに墜ちていれば脳天はかち割れていただろうが、突出した岩にぶつかり、途中に生えていた木を掴み草を掴みして、速度が低下していたため即死は免れたらしい。しかし、果たしてそれは僥倖だったのか。
 左脚はこれっぽっちも動かないし、背中を強かに打ったのか呼吸も困難だった。

「……クソ……」

 あっけない幕切れだ。
 人生こんなもんかと割り切るにも、余りにも情けない終焉。
 誰も哀しみはしないだろう。忍が一人還ってこなかったところで、悼む者などいないに違いない。
 もともと、シンは忌み子だ。
 里の者にはない髪色に瞳。母は鬼子を産んだ女、不義を働いた女と罵られ、シンがものの道理が判る頃には、口裏を合わせた里の人間数人によって、文字通り闇に葬られていた。
 疎まれることには慣れている。
 独りで死ぬことも覚悟の上だ。
 なのになぜ、自分はこんなにも空虚なのか。
 冷えていく身体に命令さえせず、ただそっと瞼を閉じたシンの耳に、不意に呑気とも取れる声が飛び込んできた。

「なんだお前」

 閉じた目を開け、目玉の動きだけで声のしたほうを見遣る。
 履き潰された雪駄、着物の裾、黒く細長いものは刀の鞘だろうか。

「珍しいもんが落ちてんな」

 珍しいってなんだ。
 忍が崖下に寝ているのがそんなに不思議か。
 ふと屈んだ人物が、シンの顔を覗き込んでくる。寝惚けたような目の男は煙管を唇から離し、紫煙をふぅっと吐き出した。

「生きてんのか。……でもなんかすぐ死にそうだな。おい、大丈夫か?」
「……ぁ゛……」

 自分は何と言おうとしたのだろうか。
 喉の奥は奇妙な音を奏でるだけで、意味ある言葉にはならなかった。
 寒い。だるい。もう、何もかもが面倒くさい。
 シンは今度こそ瞼を閉じて、意識をも闇に沈めた。





 カン、と硬い音がして意識が浮上する。
 死んだのだろうか。
 極楽浄土に行けるとは思っていないので、ではここは地獄か、とシンは思い、目を開けた。
 しかし地獄とは、ずいぶんしみったれた場所である。こんなに薄汚いところに、閻魔大王がわざわざ足を運ぶのならば、お笑い草だ。

「……起きたのか」
「あ?」
「あーだのうーだの……お前喋れないのか?」
「喋れるよ……」

 まだしゃがれ気味ではあったが、ちゃんと言葉が出た。
 この声――あの崖下で聞いたものだ。

「アンタ……」
「放っとくわけにもいかなかったんでな。拾ったぞ」

 余計なことを。
 あのまま死ねば、失敗を責められて嬲り殺されずに済んだかもしれないのに。

「医者に診てもらった……まぁ、モグリだがな。腕は確かだ、安心しろ。一月ひとつきもすりゃくっつくとよ。良かったな、大事にならなくて」

 薄っぺらい蒲団で横たわったまま、これから喰らう仕置のことを考え青ざめているシンのことなぞお構いなしに、煙管の男が身体を捻り何かを出してきた。それを、シンの枕元にずいと置く。

「食え」
「……何だよコレ」
「握り飯だ」

 竹皮でくるまれた小ぢんまりとした包み。
 目の前のそれをじっと見つめたまま、シンはどう対処したらいいのか逡巡していた。
 しゅっとささくれた畳を擦り、男が近付いてきてシンの上半身を起こしてくれる。

「いいから食え。遠慮なんかするなよ。……"人間"は食わなきゃ生きていけない」

 包みが開かれ、膝の上の手の中に半ば強制的に納められた。

「…………」

 冷えきってしまっている握り飯をひとつ鷲掴んだシンは、己の頬の許容量すら考えず、一口口に押し込み、必死に咀嚼する。切れていた頬の傷が痛んだが、無視をした。
 一つ目をあっという間に平らげ、次に手を伸ばして再び大きくかぶりつく。口内の飯の量が唾液の分泌を越えていたが、これも無視した。

 かつえていたのだ。
 本当は。
 ずっとずっと、えていた。


「喉、詰まらすなよ」

 茶すらないのだろうか。
 くつくつと笑った男が差し出した、縁の欠けた湯呑みに入っていたのは白湯だった。
 それを飲み干し飯粒を飲み下し、三つ目に取りかかる。
 美味かった。
 形は汚いし大きさはまばらだし、しかも時々塩が固まっていてじゃりっていう。

 それでも、美味かった。
 あたたかかった。

 シンは幾粒も涙をこぼしながら、握り飯を平らげていく。
 鼻をすすりつつ、栗鼠のように頬をふくらませて、初めて触れた人の愛情を、身体の中へと仕舞い込んでいった。





 男は古屋詼一という名らしい。
 妖怪退治屋などと胡散臭い職業の男は、シンがなぜ崖から落ちたのかを、枕元に座したまま煙管をふかしながら説明してくれた。

「お前の前方を歩いていた侍がいたろう。あいつがまず先に狙われたんだ」
「何に」
あやかし。……まぁ予想以上に素早いやつでな、助けきれなかった。目の前でばくん、だ」

 悔しげな様子など微塵も見せず、詼一は指を牙に見立てて掌を上下から合わせた。

「……で、奴の尻尾がお前の足に絡んだみたいだな。見えてりゃ避けられたんだろうが……」

 忍だしな、と言って煙管を煙草盆に打ち付け燃えかすを捨て、新しい草を詰めていく。新たに火をつけ、ゆらりと紫煙を立ち上らせた。

「じゃあ……あのおっさんは死んだのか」
「だな」

 殺せという命令だったので、奇しくも、結果的には任務は遂行されたらしい。しかし、失敗は失敗だ。
 どう報告したものかと困却していると、詼一が大きな手をシンの頭にぽんと乗せた。

「忍は傷の治りが早いと聞くが……。まぁ、脚、くっつくまでここにいろ」

 穏やかな笑み。
 乗っけられた掌の重さが心地好く、シンは僅かに俯いてはにかんだ。









 ――真の主を持てることは、至上の喜び――

 そんなことを言っていたのは、誰だったか。
 忍として訓練を受けたあと、守護すべき主――将軍様に引き合わされたとき、シンは何が喜ばしいのかさっぱり判らなかった。こんな奴を守って、一体なんになるのだろうか、と。
 だが、今ならばあの言葉の意味がはっきりと解る。
 真に、守るべき主を見つけた。
 その人の助けになることが嬉しい。
 つまりは、そういうことなのだろう。難しいことはよく解らないが、シンにはそれで充分だった。

「カイイっちゃーん!」
「よス。シン。……あんみつ食うか?」
「食う!」

 いつもの店に、いつもの面子。何故か皆、一様にあんみつをかき込んでいる。
 馬鹿みたいに幸せそうな顔をしてあんみつを堪能している俊足女を、男にしては綺麗な造りをした剣士が目元を和らげ眺め、そしてその美しい顔に、これまた阿呆みたいに緩んだ表情で馬鹿旦那が見とれていた。

「はいよ。あんみつお待ち」

 朗らかな女将が、シンの前に甘味を置いてくれた。
 まず粒餡を甘い汁に混ぜて溶かして、寒天と白玉を片付ける。甘く濁った汁を、あとで一気に飲み干すのが好きだ。

「美味そうに食うな、ほんとに」

 可笑しそうな声に顔を上げると、詼一が頬杖をついてこちらを見つめていた。
 あのときと同じ、穏やかな笑み。

「カイ……」
「あーっ。おい、人数増えてんじゃねぇか! なに、勝手なことしてんだよ、詼一っ」
「ロッシ」

 どうやら、あんみつは南蛮かぶれの奢りだったらしい。

「あんみつの一個や二個で、ケチくせぇこと言ってんじゃねーよ」
「……んだと。仕事さぼって遊んでる忍者小僧に言われたかねぇよ」
「黙れ、安月給の下っ引きが」
「俺は同心だ! つか、ちゃんと将軍様を守れよ!」
「カイイっちゃんが優先だ」

 こいつらは、きっと大切なものがたくさんあるのだろう。
 でも、シンはひとつでいい。
 自分のすべてを支配する主。
 こころもからだも、自分のすべてはこの男のために。







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Date:2013/03/26
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Thema:二次創作(BL)
Janre:小説・文学

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