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春のにおい

咲いていない桜を探せなくなってきました。
なかなか外出できない中、いかがお過ごしですか? こんにちは、ちまきです。

今年の一月の初めはまだまだ知識としての「刀剣乱舞」だったわけですが、なぜか下旬に唐突に深みにはまりまして、現在刀二振りの鍋をゆっくり煮込みだしております。炎上騒ぎもあったCPのようなので、デリケートに扱わせて頂こうかと…
二次創作脳なので、どうしてもそちらが優先になってしまい、オリジナルがほったらかしになってしまいがちです。
脳内では動いてくれるんですが、それを文字起こしするのに時間がかかってしまう……
精神的に書けなかった時期が数年続いたので、二次でリハビリして、それからこちらに取り掛かるかも、です。

実はここ、開設したの失敗だったなぁと最近思うのですよ。
もっと作品を書き溜めてから作るべきだったと。見切り発車しちゃったんですよね。
せめて霊探のほう完結してからでも良かったのではとも思います。あちらも書きたい話いっぱいあるんですが、やはり精神的に幸せにしてあげられる話が書けなくて、途中でとまっています……。

もう強靭な精神力戻ってきているし、子供たちが手がかからなくなってとても楽になりました。
お受験がありますが、そんなにピリピリするつもりもないし(しろや)。
世俗に触れずにゆっくりお茶飲みながら本を読んで、好きな音楽をずっと聴いて……という日常を、この自粛ムードを利用して楽しんでいます。準備も含め食事時いつもTV付けてたんですが、ずっとYouTubeのお勧め音楽を互いにかけ合いっこして負荷なく食事を楽しんでおりますよ。私一人だと怪談にするんだけどねぇ……

***

わが家のヲタ仲間の長女なんですが今年元服の年齢でして、もう私は友人のつもりで接しています。彼女もそれを感じるのか、たまに母親らしい事を言ったりしたりすると「えっ 母親やぁ……」なぜか感嘆の声をあげるくらいで。
でまぁ、このくらいの年齢の頃(15~18)から私は非常に女子にモテていたわけですが、どうも長女もそれをじわじわ実感してきているようです。……実の娘にも効くとは思わなかったので驚きなのですけども。
どういうことかというと、

私がシャツにネクタイ姿でいると、推しを見る目で見てきます。

うわぁ…うわぁ…言いながら、口に両手をあてて、挙動不審になり、目が合うと逃げます。そして遠くから眺めてくる。
「おかーさん、同性にモテてたよ」という発言を、今まさに身をもって経験しているわけですね。
親に萌えないでくれないか……
「おとーさんは同性の後輩にならモテるぞ」と胸張るので、私と長女で「BL的な展開は?」と訊いて「ないわ!」と言われるまでがセットです。

面白い家族で毎日たのしい。
では!




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こんにちは

こちらでの更新も久しぶりになります。
現在コロナ騒動でおうちから出られない中、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて。今日は少し暗い話になります。
つられて落ち込んじゃうかもしれない人は読まないでくださいね。


以前の更新では鬼滅の刃の話題を取り上げていたのんですが、18巻発売目前でかなり自分の中でトーンダウンしてしまい、今現在すっかり興味を失っている次第です。
元々かなりの天邪鬼な性格ゆえ、流行っている事柄や勧められる物などに素直に興味を示せず、むしろ避けてしまう性質があるので好きだったものも流行り出すと興味が失せる傾向にあるようです。人気が定着しているところに時間をかけて自分が入っていくのは平気なようなのですが、世間が急激にそこへ寄せていくことに嫌悪感があるみたいで……厄介な性格だとは思うのですが、ずっと昔からなので直しようもなく(´・ω・`)

ただ、鬼滅は連載当初からずっと好きで、どうか打ち切りにならないでくれと願って読んでいた作品で、アニメ化の時も本当に嬉しかったし、しかも出来は最高で、声優さんも作品を愛してくれていて……と長く幸せをかみしめていたところ、なぜか爆発的に人気が出て。ほんと爆発としか言いようのないくらい一斉に注目浴びたので驚きました。その頃からグッズのお知らせにうんざりしだして、コラボ品の転売やら買占めやらパクリだのが目について、ほとほと嫌気がさしてしまいました。
作品自体はとても好きですが、どうしてもあの最初の頃のような集中はなく、惰性で続刊を買う悲しみ。
大好きだった作品の熱が冷めることがとてもかなしい。
静かにフェードアウトして、何年か後にもう一度見て懐かしむ愛情の残る冷め方ではないのです。
他に心移りするのではない冷め方は心底かなしいし、さみしい。
あんなに素晴らしい出来のアニメをまた見られないことがすごく苦しい。
願わくば、またなんの屈託もなく漫画が読めてアニメが見られる日が訪れてくれるといいなぁ、と思っております。
何年必要かはわかりませんが……


暗いお話しになって申し訳ありませんでした。ずっと心に溜まってたものを吐き出したくて。
Twitter見てくれてる方は知っていると思いますが、刀剣乱舞の某お鍋につかっているので私はとても元気です。
それではまた!



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妄想力

皆さまこんにちは、いかがお過ごしでしょうか。
私の住まう土地では全然寒くならないんですが……雪国の方々はお寒いのでしょうか。なんか全国的に雪不足みたいですが。

あんまり毎日忙しいと妄想する余力が残らなくて、布団に入っちゃうとすぐ寝てしまう毎日がずっと続いているのですが、ふと、私なんでこんなに忙しいんじゃろかいと思います。だって仕事してないのにぃ……
創作ってつくづく現実逃避なんだなーと。現実に向き合う時間が多い程、二次元の世界になかなか没入できない。
日常に『何もしない日』を作り出すしかないですね……
作ったらその日に限って用事が入ったりしますけど(ノ∀`)・゜・。

で、妄想リハビリとして今朝顔洗いながらぼんやりと以前考えてた
『おばあさんは川へ洗濯に、おじいさんは山へ竹を取りに』
をゆっくり練ってみてたんですよ。
簡単に言えば、桃太郎とかぐや姫が兄妹として育つ、という童話ですね。

求婚してくる男どもにかぐやは「兄の桃太郎に剣技で勝ってくださいませ」とか言うし、桃太郎も文武両道なので武でも歌でも誰も勝てない。じゃあ、と桃太郎が鬼退治しに遠征行ってる間に求婚しにくれば、例の無理難題言いつけてくるかぐや姫。桃太郎もモテるけれども、すぐそばに絶世の美女がいるのでなびかない。
月の使者と鬼との三つ巴とか、その辺本気で練ると面白くなりそうなんですが、もう少し味方が欲しいかも。

まぁ美形兄妹想像するだけでちょっと楽しかったです。
かぐや姫も原作では目の前で体を透明にしたりと離れ業をやってのけるので、参戦させても面白い。

妄想楽しかったお話でした。
それでは!
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秋とは

皆さま、お元気でしょうか。私はちょっとくたびれてきいます。
残暑厳しすぎやしませんか?
日差しが痛いです。まるでオーブントースターの中にいるみたいです。
空は高く秋めいてきたというのに、少し視線を落とせば入道雲。……夏空ですねぇ……
9月は夏ですか、まだ夏ですかそうですか。


「カジせんぱ~い、暑いよ。9月って秋じゃないの? もう秋でしょ? ねぇねぇ」
「何言ってんだ優介。秋は11月からだろ」
「それ冬! 冬だから! ノギ先輩この人おかしい!」
「…………」
(25度で寒いと感じるので黙ってる一ノ木)


そんな会話がイーハトーヴのカウンターで聞こえてきそうな気候です。
快適温度が違い過ぎる二人が同居してると温度設定が大変。基本、一ノ木が重ね着をして梶浦に合わせてあげています。言わないけど。
梶浦は(寒がりだなぁ。可愛い)とか思ってにこにこしてます。あと、一ノ木は季節の変わり目に必ずといって良い程体調崩すので心配してます。

優介はコミュ力お化け&頼み事断れない系男子なので厄介ごとを持ってくるのは大体この男です。
めんどくさい!w

それでは今日はこのへんで!


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大江戸コラボ

『collaboration』の大江戸コラボ作品こぼれ話です。
なんとなく本編に入れられるかどうか……な設定ですので、お身内だけ楽しんでいただけたら(;^ω^)
もしかしたら調べものしてまた『番外編~ロッシの章』みたいなので書くかも?(本当は書きたい

なかなか本編の終いまで書けなくってもだもだしておりますが、次はジェダちゃんのターンで、ロッシさん・湊吾&反町の良いシーンなんですけどね! ああぁ書きたいぃ! 大江戸パロはここぞとばかりにみんなに言わせたい台詞やらやってほしい行動などいっぱいあるから書いててとても楽しいんですよね…つかむしろ私はあくまで脚本家兼監督なので、役者さんたちの演技とアドリブをメガホン持って眺めてるんですがw

こぼれ話ですね、失礼しました。

伊砂さんちではヴァレンティア編でみなさんご存知の美しき魔女グラシエラさん。ロッシさんの教官であり恋人であり奥様のグラシエラさんです。大江戸パロでも実は登場させようと思っていたんですが、頭の中でどうも「生きてる状態では出てこない」という結論に至ったので、ロッシさんとカイイチさんの思い出の中にしか登場しません。
そう、もはや特別出演状態。

役の設定としては、『花魁』ですね。
若いロッシさんが捜査の関係で遊郭に潜入した際に出逢った花魁で、とびきり美しいが性悪で高慢という噂の女性。しかし接しているうちに優しく不器用なだけだと気付いたロッシくんが恋に落ち、まっすぐなロッシくんにだんだんと絆されていくグラシエラ花魁。だが、昔から懸想している男に嫉妬され、遊郭に火をつけられて吉原炎上……という……
ロッシさんはその時に少し目をやられているので色付き眼鏡です。事情を知っているのはカイイチさんだけ(散々のろけ話聞かされてる)。

これねー、番外編で書きたいんですが、怒涛の量になってしまいそうで…
まぁ、ちらっとは出すかもです。
大江戸こぼれ話でした! それではまた!


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滅鬼という地名があるらしい

今回はちまきのお勧めの漫画&アニメです。

週間ジャンプで連載中の『鬼滅の刃』をご存知でしょうか。
連載当初からずっと追ってきたのですが、ジャンプコミックスは全何巻になるか分からないという恐怖が常に付きまとうため、コミックス勢でありながらも単行本はレンタルで済ませておりました。

だがしかし。
アニメ化。
待ちに待ったアニメ化。テレビの前で正座待機でリアルタイム試聴(泣く)。
そして次の日、録画試聴(泣く)。

全力で薦めた結果、家族もはまってくれました。
ドはまりです、ええ。

……買いましたよ。
買ってしまいましたよ、ジャンプコミックス。
買うしかないでしょう!

でも一気買いはできないので、少しずつ集めている最中です。私は一通り読んでいるんですが、家にあると何度でも読み返しちゃいますね。あと、子供たちは単行本開きつつアニメ見てます。…いや、はまり過ぎでしょ。

YouTubeで公式のラジオやってるんですが、これもまたテンション高くて面白いです。
これね。
鬼滅ラヂヲ

主人公が花江夏樹さんです。めっちゃ叫んでます。

『鬼滅の刃』は、原作はサクサク進むけど、それが良いテンポなので読んでて楽しい。
アニメはその原作をとても大事にしつつ更に深く細かく丁寧に作られてて見ていて楽しい。
音楽担当は私が二十年前から大ファンの梶浦由記さん。

梶浦さんはねー、二十年前に発売されたゲームの音楽担当で初めて知ったんです。
PS『ダブルキャスト』のサントラ担当で、これがまた良くて。ゲームもやり込みましたが、サントラCD持ってます。
…このゲームもスタッフ・声優豪華だな……
『鬼滅』も声優陣は贅沢すぎるので是非! この大物をこんな最初に使い捨てる!?って叫ぶこと必至。
制作に携わるスタッフさんたちも声優さんたちも、本当に『鬼滅の刃』を大好きなんだなぁと思える作品です。
ラジオに原作者さん来ないかなー。

あんまり語り過ぎると気持ち悪いかもしれないので、この辺でやめときます。
お勧めの漫画&アニメでした!

それでは!

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日記のような

ながらくながらくの放置でございます。
創作も二次のほうも本当にほったらかしで申し訳ないっ(><)

Twitterで日常をちまちま発信していたのですが、流れてしまうし長い投稿はできないし、なんとなく最近の仕様が使いにくくて…。
結局古い人間ですのでブログのほうが性に合っているのでしょうね。
見て下さる方は少ないとは思いますが、たまーに日記というか自分の備忘録みたいな感じで更新できたらいいなぁと思っております。
あと、相方がやっとスマホにしてくれたのでPC占拠されなくて良くなったから、画面に向かえるというのもありますね。
今までガラケーで小説打ち込んでたんでスマホでも出来るかと思いきや、案外打ちにくくて、頭が上手くまとまらなくってほとんど完成しないんですよね。なんだかんだメモ書きのまま放置されてるものが多い。
それからYouTubeの通知とかアプリの誘惑がすごい(自分のせい)。
PCのほうでも誘惑が無いとは言いませんが、少なくとも『打つ』という作業においては集中できるので。

今月末あたりからちょっと家の中がリフォームでバタバタするのですが、どうせ出かけられないのだから書き物頑張ろうと思います。ここ何年も書く書く詐欺しちゃっているので、本当に頑張ろうと思っています。
最近、「このまま今ふとした拍子に死んじゃったらすんごく後悔するんだろうなー」と考えてしまってから、なんとなく焦燥感に苛まれています。動画見てる30分で何か書けたんじゃないの!?って。
だらだら無為に過ごすのはやめようと思います……反省。
このままじゃ早めに痴呆になりそう。

それではこのへんで!

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連想





 朝晩の気温差が十度を越えると着るものに困る。
 マンションを出た時には感じられなかった暑気が、散歩を始めて一時間程で四月とは思えぬレベルで襲い始めたのだ。
 汗ばむ前に羽織っていた薄手のコットンシャツを脱いで腰に巻き、半袖になった梶浦は、長い黒髪を後ろで一つに纏めている隣の男をちらりと見下ろした。
 さすがの一ノ木も、初夏の陽射しもかくやという暑さに参ったらしい。
 ならば釦の一つや二つ外せば良いのにと思うのだが、きちんと着込まれたマオカラーのシャツは微塵の乱れもなかった。
 いつも涼しげな表情も、普段となんら変化なし。夏だろうがなんだろうが、透き通るような白い肌を完璧に隠す着こなしも変わりなかった。
 彼曰く、長袖のほうが暑くないのだそうだ。

(暑くない、じゃなくて、熱くない……なんだろうな)

 皮膚の薄い一ノ木にとって、肌を焼く太陽光は痛く感じられるのだろう。
 ついこの間まで満開だと思っていたソメイヨシノももうほとんど散ってしまい、葉桜になりつつある。うてなを残し、新緑が芽吹き、この時期のソメイヨシノは変な色だ。
 今、満開に美しいのは牡丹桜だった。
 一ノ木は確かこの八重桜のほうを好んでいたはずである。十重二十重とえはたえと花びらを重ねる様が綺麗だと、昔言っていた。

「……暑いなー」
「ん……帰りますか?」

 ぼそりと呟いた梶浦の言葉に、一ノ木がひょいと見上げてきた。
 真っ直ぐ見つめてくる黒目がちの切れ長の瞳。
 漆黒だと思われがちな彼の瞳は、本当は深い珈琲色だ。陽の光に照らされて、ようやくその色が判る。
 それにしても、意外そうな表情の真意はなんだうか。
 いつもならば散歩となるやはしゃいで帰りたがらない犬が、急に家のほうへ向かって座り込んだ不可解な状況を眺めている飼い主、といったところか。
 そこまで穿った見方をしなくてもいいのかもしれないが、あながち外れてもいないはずである。
 実際、あてどなく散歩をする一ノ木に、梶浦はついていっているだけなのだし。

「いやまだ平気だけどさ。一ノ木、暑くないの?」
「暑くはないです。眩しいけれど……。じゃあもう帰りますか? お昼はどうしましょう」
「家に何があったっけ……」
「ざるそばぐらいなら出来ますよ」
「あー、いいなぁ。冷たい麦茶とざるそば! ……でも、もうちょい何か欲しいな」

 もう少し。
 例えば、味の濃い肉とか。がっつり食べたい。

「そうですね。甘味が足りませんね……」
「いや、俺はそっちじゃなくて」

 梶浦の頭の中が『肉・肉・肉』でいっぱいになっていることを解っているだろうに、きっぱり無視をして甘いものなどと言う一ノ木が、脇道を指差して方向を変える。

「では、コンビニに寄って帰りましょうか。……あ」
「ん?」

 ある一点にぴたりと視線を止め、小さく声を上げた一ノ木がふとそこを見据える。
 ほんの一秒ほどの奇妙な所作を不思議に思った梶浦が、しかし質問をする前に彼はくるりと方向転換をした。

「……いえ。やっぱりコンビニではなく、スーパーに変更しましょう」
「へ? なんで?」

 コンビニならば目と鼻の先にあるというのに、なぜか一ノ木は真剣な表情で行き先を変えた。
 スーパーとなると、もう少し歩かなくてはならなくなるが、この暑い中、なんだってわざわざそんな離れた所まで行こうとするのか。

「ほら、行きますよ」
「ちょっと、待っ……」

 すたすたと歩いて行ってしまう一ノ木を追いつつ、梶浦は先程彼が見つめていた場所をもう一度確認する。
 するとそこには、枝がしなる程に満開に咲き、緑の葉とたわわに揺れる八重桜があった。

「あ……、あ~! 分かったぞ。一ノ木おまえ、あれ見て桜餅食いたくなったんだろ!」

 縁がギザギザの葉と、丸くころんと塊で咲く花が上手く重なり、まるで道明寺の桜餅のようだった。
 梶浦でさえそう見えたのだから、甘党のこの男には容易く連想したことだろう。
 案の定、至極あっさりと肯定される。

「食べたくなったんだから仕方ないじゃないですか。私が玉露を淹れて差し上げますから一緒に食べましょう。……ほら、どうせスーパーにも惣菜コーナーはあるんだから、君にも都合は悪くないはずですが?」
「まぁな……。でも、最近のコンビニにも和菓子は売ってるだろうよ」
「一種類しかないでしょ」
「……はい?」
「製造元が違うものを、食べ比べしてみたいのですよ」

 絶句した梶浦を眇めて見た一ノ木が、僅か唇を尖らせて不快な表情を浮かべた。

「……なんですか」
「別に。……ったく……八重桜見て桜餅食べたくなったんなら、素直にそう言えばいいじゃないか。それを騙すみたいにあんな、さあ……」
「人聞きの悪い……騙してなんかいません。大体、今の話で何か君に損になるようなことがありましたか?」
「損?」

 損はしていない。
 買ってこいと言われたわけでもなし、少し散歩の距離が伸びただけだ。それとて、別段帰りたかったわけでもないので損害は被っておらず、むしろ一ノ木と一緒に歩ける時間が増えて、喜ぶべきところかもしれなかった。
 しかも直々に茶まで淹れてくれると言う。
 反論の道は、相変わらずことごとく絶たれていた。

「……うぐぅ」
「アイス食べながら帰りましょうね」

 暑いことに対する不平まで丸め込まれ、口では絶対に敵わないことを改めて悟る。
 心の声など聴こえなくとも、いとも簡単に思考の先回りをして論破していく一ノ木の頭の回転の早さに、梶浦はいつも感心しつつ屈服するしかなかった。
 こうなるともう何を言っても勝てはしない。アヒルのように口を尖らせた梶浦は、この間見つけた新商品の名前を挙げた。

「……セブンのカフェモカ」
「あ、あれ美味しいですね。ワッフルコーンのやつでしょ?」
「攻略済みかよ!」

 ささやかな意地悪すらも封じられ、飼い犬は黙って飼い主様のあとをついて行くしかなかったのだった。



end.



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蠱書 3




 一ノ木いちのぎには、人の心が視えるという特異かつ厄介な能力がある。
 わざわざ他人の頭の中を覗くなんて手間をかけなくても、否が応にも判ってしまうのだそうだ。そしてそれは、人間に限ったことではないらしい。
 そんな雑多な意思にいちいち耳を傾けていては生活など出来ないため、いつの間にかそれらを意識から閉め出す術を身に付けた一ノ木であるが、それでも更に周囲に対し心を閉ざす。わざと、より鈍感になるよう意識している。
 そうすることでようやく、彼は日常生活を送れるのだ。
 梶浦にしてみれば、まだまだ一般人よりも勘は鋭いとは思うのだが。

(霊感が強いことも、関係しているんだろうか)

 読心能力が先か、霊感が先か。
 こればかりは本人に聞くしかない。だが、彼は過去に強いしがらみを抱いており、その事情を知る梶浦としては、根掘り葉掘り訊ねることは憚られた。
 赤信号で止まったのをいいことに、梶浦はリアシートにお行儀良く収まっている男を横目でちらりと見る。
 膝に鞄を乗せ、その上に自分の手を置き、運転していないにも関わらず、一ノ木は真っ直ぐに前を見据えていた。
 時折まばたきで伏せられる睫毛の、なんと長いことか。それが光源の位置によっては、頬に影を落とす程だと知っている。
 一目惚れした、大好きな横顔だ。
 一種妖しい美しさなのに、清廉で凛としていて、意志の強い眼差しに相応しい、きりりと引き結ばれた唇。額のラインも繊細な鼻梁も、全てが完璧だった。

(綺麗……)

「それはどうも。信号、青ですよ」
「えっ、あっ」

 はっとして前方に視線を戻すと前の車は既に発進しており、彼方へと去っていた。慌ててこちらもギアを入れアクセルを踏むが、おそらく後方の車にクラクションを鳴らされる寸前だっただろう。或いは真っ黒なスポーツカーに臆し、鳴らすに鳴らせなかったか。

「ごめん。ありがと」
「いらんこと考えているからですよ」
「そうだよ、おまえ。俺は口に出してなかったよな?」
「あんなにはっきりと考えるからじゃないですか」
「こっそり思ったって聞こえるんだろ。だったら一緒じゃんか」

 軽く笑い飛ばす。
 だが、ああ言えばこう言う、一言えばとお返す男が、ふと黙り込んだ。
 きつい言い方をしてしまっただろうかと一瞬不安になった梶浦の腿に、白くしなやかな手がそっと触れてきて、どきっと心臓が跳ねる。

「……視るな、とは言わないんですね」
「今更だろ? それに俺はおまえに視られて困るようなこと考えないし。浮気なんかしねーもん」

 歌うように気軽に言っても、一ノ木は黙したままだった。
 解っているのだ。
 これは彼の欲しい言葉ではない。
 本当は、解っている。
 他人の心が視えるその異様な力を、気味悪がられなかったとは到底思えない。心を見抜かれて平気だとぬかす人間など、いなかったのだろう。

(気持ち悪いなんて思わない。怖くもない)

 聞こえているであろうことを想定して強く心の中で語りかけると、遠慮がちに太腿に置かれた右手がぴくっと小さく反応した。そして、ゆっくりと引かれる。
 顔も見たかったのだが、おそらく前を見なさいと叱られるだけだと解っているので、梶浦はぐっと堪えた。

「……口で言えば良いのに」
「大好き」
「そんなこと聞いていません」
「えー。だって言えって言うから。好きだよ、一ノ木」
「うるさい」

 照れた顔をしているだろうか。
 それとも無表情か。
 いつもむすりと怒ったような顔をして、変化といったら眉間の皺が深くなるか妖しげな微笑だけ。
 他の表情を見ようと思えば、褥に引きずり込むしかなかった。ベッドの上でなら、この男は十色の顔を見せてくれる。

「……ッ、何を考えているんですかっ!」

 さっき優しく触れてくれた腿を、今度は乾いた音が鳴るほど叩かれる。

「いってー!」
「自業自得です」
「事故ったらどうすんだよ……ったく……」

 ぶつぶつ文句を言ってみるが、一ノ木の照れた声が聞けた梶浦は満足げに口許を緩めていた。
 本当に、本当に可愛い。
 運転していなかったら、強く抱きしめてキスしていただろう。
 というか、したい。他にも色々してしまいたい。
 頭の中は淫らな妄想でいっぱいだったが、一ノ木は梶浦の思考を完全にシャットアウトしているのか、あれ以上叱咤してはこなかった。まぁ、呆れて無視している可能性もあったが。

「……さて、多分そろそろ着くよ。何か霊的なもの、感じる?」

 水島の碁盤の目のような道路をいくつか曲がり、住宅団地に入る。
 昭和築と思われる家と最近の流行りの家とが混在している住宅街は、平日の昼間ということもあり、どこの家にも車がなく人気もなかった。

「いえ、何も……。実際に見てみないと判りませんね。今のところ、クロも反応しませんし……」
「そのさ、クロって名前……なんとかならないの?」

 一ノ木の膝に置かれた鞄の中には、和綴じの黒い冊子が入っている。彼曰く商売道具でもあり、相棒でもあり、敵でもあるというその本は、梶浦の実家から譲り受けたものだ。
 意志を持つ物――九十九神のようなもの――だと言うので、じゃあ名前でも付けてやればと冗談めかして薦めたのは梶浦だった。だがまさか、そんな適当な名前を付けるとは思わなかったのだ。
 妙に細かいくせに、興味のないことに関してはまるで杜撰な男は、梶浦の言葉で眉根を気難しげに寄せた。

「何か変ですか? 黒い物に黒いと付けてどこがおかしいと?」
「もうちょっと捻ってあげても良かったんじゃない? と思って……」
「中学生や高校生でもあるまいし……妙に凝った名前を無機物に付ける趣味はありません。恥ずかしいだけですよ」
「いや、まぁ……うん……」
「それでなくても本に話しかける痛々しい人間なんですから、更に必殺技みたいな武器の名前を呼ぶような真似、したくありません。こんな歳になって黒歴史の追加は御免です」
「……悪かったよ……」

 口で勝てるわけがないことを改めて思い知らされ、今度は梶浦が黙る番だった。
 そういえば、梶浦が開店するにあたって、なかなか決まらなかった店名をこの男に一任した時のことを思い出す。
 その際も相当いいかげんな候補をいくつも挙げられ、最終的に梶浦が気に入って決定した『イーハトーヴ』の名も、かの有名な宮沢賢治の作品から拝借したものであるが、本人は大先生の文章が苦手だからと読んでもいなかったらしい。未読であろうとも、知識だけはあるところが一ノ木らしくて笑えるが。
 あの時も確か、なんやかんや並べられて言いくるめられたのだったか。

「はあ……変人文へんじんぶんに口では勝てん」
「君も人文じんぶん学科でしょ」
「じゃ、哲学専攻って言い換える。俺は歴史専攻だからね。……実際、哲学コースの連中に口喧嘩仕掛けるなって部の先輩方にも言われてたし、パンフにも載ってたもんな」
「へえ」
「学科紹介文に、『口喧嘩しても勝ち目はありません、やめときましょう』ってな。まったくその通りだよ」
「相手の反論をすべて看破して、持論の正しさを証明する学問ですからね。仕方ないでしょ」
「俺は絶対に無理。そこまで深く考えないもん」

 ずいぶん前に、ポストは本当に赤いのか、その赤は、梶浦が見ている赤と自分の見ている赤とが同じであるのか、などという話を延々されたことがある。最初は面白可笑しく聞いていたのだが、途中噛み殺せなかった梶浦の欠伸によって話は切り上げられた。
 色に限らず、一ノ木は常にいつも何かを考えている。まるで自分の思考で脳内を満たし、外部からの『声』を閉め出しているかのようだった。
 人の考えていることが判り、霊が見え、この男の世界はどれだけ雑然としているのだろうか。
 あれこれどうでも良い会話をしている間に、見覚えのある家が左方向に見えてきた。
 何年か前に訪れたことのある角南家だ。まだ道順を正しく憶えていたことに安堵する。

「あれだ、あの四角い家。着いたぞ」
「……本当に四角いですね」
「角南家に来るの、久しぶりだなー」

 先に一ノ木を下ろした梶浦は、出来る限りギリギリまで家の塀に近付けて駐車した。
 プレゼントボックスのような形の住宅は、二階の一部屋分が丸々バルコニーになっていて角が一ヶ所欠けているが、それでも四角い印象を受ける。
 門扉の傍らで待っていた一ノ木に心中で苦笑し、梶浦が門を開けて玄関扉の横の壁に設置されている呼鈴を押した。

「涼介しかいないのに、それでも緊張する?」
「放っといて下さい。……私一人ならちゃんと頑張りますよ」

 むっと柳眉をひそめ、皮肉な口振りだったが、実は自分に甘えているのだと告げられたも同然の発言に、愛しさを拗らせ込み上げてきた笑いでにやついていた梶浦は、一ノ木に背中を強かに叩かれた。
 たおやかな外見に反して、なかなかどうして乱暴者である。

『……はい。どちら様ですか』

 微かな雑音ののち、インターホンのスピーカー部分から返答があった。
 聞き慣れた口調で涼介だと判るが、インターホン越しはなぜこんなに別人のような声になるのだろうと毎度思う。

「梶浦です。見舞いに来たんだけど、上がっていい?」
『兄貴から聞いてます。どうぞ』

 ブツっと通信が途切れ、しばらくののち、玄関のドアが開かれる。

「すんません、なんか……わざわざ来てもらって……」
「気にするなよ。こっちが勝手に来たんだし。……迷惑じゃなかったか?」
「とんでもない。あ、どうぞ……」

 ドアを大きく開いて招いてくれるが、木造りの扉がひどく重そうだ。
 基本、丈夫な男である。梶浦より数センチ低いとはいえ充分な長身に、清潔感のあるソリッドショートの精悍な顔が乗っかっている涼介は、がっしりとした体格も相まって、バスケットボール選手にも見える。
 力はかなりあるはずだった。
 斜め後ろにいた一ノ木と視線を交わした梶浦は、目顔で訊ねる。何か憑いているか――と。
 梶浦と同じく一ノ木も神妙な顔をして、しかし小さく首を横に振った。

「じゃ、お邪魔するね」
「お邪魔します」

 横を通り過ぎる際、一ノ木が涼介の顔をじっと見つめるも、彼は無反応に眠たげに見つめ返しただけだった。
 一ノ木とまともに目を合わせて赤面しないなど、涼介にはあり得ない。彼はいつも、この美貌を直視できないのだから。

「……なぁ。ほんとに体調悪いんなら、無理すんなよ? 俺達帰るから」

 玄関を上がり、正面にある階段を上っていく。
 先を行く涼介に、落ちてきたらいつでも受けとめる覚悟をしつつ、梶浦は話しかけた。

「え? いや別になんとも……。兄貴が何言ったか知りませんけど、マジ熱もなんもないんスよ」

 手摺を掴んでひょいと振り返った涼介は、まるで普段のよく知る彼そのものに戻っていた。先程の覇気のなさが嘘のように、少し早口の癖のある話し方が復活しており、しかも梶浦の後ろにいた一ノ木を見て、気まずそうな表情を浮かべたのである。

「立って歩くとちょっと身体重たいかな? ぐらいっスね。自分の部屋でごろごろしてると、すげー調子良いんスけど」
「低血圧なのか?」
「まっさか。怠け癖つくと困るから動きたいんスけどね。……あ、俺の部屋ここです。あんま片付いてないですけど……」

 最後のは、どうやら一ノ木に言ったらしい。
 初めて彼女を部屋に連れて来たような、気恥ずかしさと緊張とが入り混ざった高揚感が涼介から感じられ、梶浦は微かに苦笑した。他の男なら業腹だが、この青年に対してはそんな感情は沸いてこない。優越感とかそういったものではなく、涼介の一ノ木への憧れがあまりに純粋すぎて、まったく憎めないのだ。兄の優介にしてもそうだった。一ノ木に対し彼はかなり馴れ馴れしいのだが、どうしても怒る気になれない。梶浦が二人に腹が立たないのは、おそらく、一ノ木が角南兄弟に微塵も悪感情を抱いていないという理由もあるだろう。
 まぁ、だからといって、まったく妬かないかといえば、そうでもないのだが。
 一ノ木が気を許しているからこそ、イラッとすることもあるのである。

「梶浦」

 不意に、隣に並んだ一ノ木が囁くように声をかけてきた。
 馬鹿なことを考えていた思考を聞かれたのかと思ったのだが、彼の真剣な表情を見て、そうではないことを悟る。鋭い眼差しと張り詰めた気配に、思わず梶浦も身構えた。

「どうした」
「……何かいる」
「何か、って……」

 こちらの密やかな会話など気にも留めず、涼介が自室のドアを何気なく開けてしまう。

「どうぞ」
「え……」

 別に、気になるほど散らかってはいなかった。むしろ男の部屋にしてはかなりきれいに片付いているほうだろう。読みかけなのか、漫画本が数冊デスクの上に重なっているぐらいで、これならば誰を呼んでも差し支えはないと思われた。
 だが梶浦が驚いたのは、行き届いた部屋の中にではない。
 そこに見えた、静かにベッドサイドに佇む、可愛らしい妙齢の女性にだった。


→4




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夏の戯れ



 七月に入れば、さすがに本格的に夏が来たのだと感じる。
 感覚的なものでしかないが、六月という文字には、反町は夏のイメージを抱けなかった。どちらかといえば、梅雨の印象が強い。横浜家の庭やアプローチに咲く見事な紫陽花たちが、そう感じさせるのだろうか。
 さらりとした布地を膚に滑らせた反町は、張りつきまとわりつかぬ生地にほっと息をついた。
 蒸し暑い夕方。少し外での作業があったため表に出ていた反町は、突然の大雨に見舞われたのだ。慌てて屋内に戻ったが、豪雨にも等しい降り方に短時間にもかかわらず頭から爪先までずぶ濡れになってしまい、仕方なく着替える羽目になった次第である。
 洗面所で髪を乾かし、きちんと畳まれた浴衣を広げて袖を通す。
 淡い色合いの浴衣は、よくよく目を凝らせば柄が見える程度の装飾しかなく、シンプルなのに上品な誂えが反町は気に入っていた。
 べつに、湊吾が選んでくれたからというわけではない。決してそういうわけではない。
 着替えを済ませ表を見てみれば、もうすっかり雨はあがっており、さっきのはなんだったのだと溜め息をつきたくなる。
 虹が見える程に天気は良くないが、それでも大層蒸し暑かった。
 ふと思い付いた反町は、くるぶしあたりまで浸かる程度にたらいに水を張り、縁側に腰掛けて裸足の足をそっとひたす。さらりとした真水の冷たさが、反町の頬を緩めさせた。
 中途半端な雨は湿度を悪戯に上昇させるだけだ。持ってきたうちわで滲み出る汗を冷やしながら、反町は横浜家の庭をぼんやりと眺めやる。
 昔、反町も湊吾も小さかった頃、この縁側でよくお昼寝をした。通路のど真ん中を子供達に占領され、家人はさぞ邪魔だったことだろう。だが、起こされた記憶はなかった。いつも、自然に目が覚めるまで、そっと寝かせてもらっていたのだった。

 あの時、私達にタオルケットをかけてくれていたのは、誰だったのだろうか。

 はたはたとうちわを揺らして思い出に耽っていると、「あっ、いた!」という大きな声が反町を現実に引き戻した。
 そちらを見なくても判る。自分の主人だ。

「反町ずるい! 俺も入る。暑いよ!」

 どっかと隣に腰を下ろしたかと思うと、靴下を脱ぎ捨て、たらいに勢いよく素足をじゃぶっとつけた。

「冷たー! 気持ちいー!」

 ぱしゃぱしゃと左右交互に足を揺らし、水をかき混ぜて下さる。跳ねはしない程度だが、先程までの静けさが一気に吹っ飛んでしまう騒々しさだ。
 もういい年齢だというのに、湊吾は反町の記憶にある小さなやんちゃ坊主のままで、まるで成長していないようだった。
 ……だが、変わらないものなどない。
 明らかに違っているものが、二人の間にはあった。
 波打つ水面のように、反町の心にもさざ波が立つ。
 水平さんのような服を着ていた子供が、一足飛びに大人になって現れたのだ。あの頃彼に抱いていた思いと、現在の感情との移行が唐突過ぎて、反町は揺れ幅の大きさについていけなかった。
 懸命に動揺を表面化させまいと努めながら、反町が陽光を反射させて煌めく水面を見つめていると、突然ひょいっと横から覗き込まれる。
 大袈裟な程心臓が強く跳ね、息を飲んだ。
 間近で自分の姿を映す、灰緑の宝石のような瞳。
 魅入られずにはいられない、強い光だ。

「な……なんですか」
「浴衣、いいな。俺も着たい。というか着替えたい。べったべたなんだよ」
「……判りました」

 足を拭くための手拭いを主に先に手渡した反町は、「拭いて!」と小さな足を差し出していた頃の坊っちゃんを思い出していた。


------



「……暑いよぅ。なんで?」
「浴衣って、そう涼しいものではないんですよ? 申し上げたじゃありませんか」
「反町見てたら涼しそうに見えたのにー」

 情けない表情でめそめそし出した湊吾を、反町は持っていたうちわで扇いでやる。
 再び縁側に戻ってきた反町達はたらいの水を入れ換えて、先刻と同じように足を浸して夕涼みを再開させていた。
 涼を感じる光景だろうが、実際に浴衣を着ている者には、そう涼しいわけではない。存外肌を覆う布が多いので、寧ろ洋服より暑いかもしれなかった。
 ついでに持ってきていた飲み物を盆ごと引き寄せ、よく冷えたラムネの瓶を湊吾に渡そうと振り返る。するとそこには、目を疑う光景があった。

「ちょ……ちょっと湊吾さま……!」
「ん?」

 きちんと着付けたはずだった。
 だが今彼の浴衣は、袷は盛大に開き袖はたくしあげられ、見るも無惨に気崩されていたのだ。

「なんですか、みっともない……」
「暑いんだからしょーがないじゃん。これでやっと、少し涼しくなったよ」

 にかっと笑われてしまうと、反町はもう何も言えなくなる。

「まったくもう……。ほら、今ラムネを」
「あ、いいよ。俺自分で開ける」

 貸して、と水色の瓶をひよいと取り上げ、無造作に、ぶしっと栓を開けてしまう。
 あぁもう。そんなことをしたら――

「わわっ! 溢れた溢れたー!」
「当たり前でしょう。ほら、拭きますから貸して」

中身の減り続けるラムネ瓶を取り返した反町は、綺麗な手拭いを取ろうと上体を捻った。だが、瓶を握る腕と手に熱い感触を受け、僅か目を見開いて振り返る。

「っ、……」

 反町の細い手首を捕らえた湊吾が、溢れるラムネで濡れた手に唇をつけ、舌を出し、舐めた。

「……勿体ない、からね」

 上目遣いでこちらを見つめたまま、犬のように反町の手に舌を這わしてくる。
 やわらかくて、濡れた熱い感触に、反町の腰にぞくりと走るものがあった。

「これ、減っちゃった。こっち飲んでくれる? ……ダメ?」

 目を逸らせないでいる反町に、湊吾はわざと低い声色を使い甘い口調で囁いてくる。ラムネの瓶を掴んだ手に唇を触れさせたまま、ずいと持ち上げて反町の目の前まで持っていき、今度は飲み口付近へと顔を近づけた。自然と二人の顔が寄せられ、その距離はラムネの飲み口分しか開いていない。
 反町の大好きな灰緑の瞳が、ごくごく間近にあった。
 瓶をどけられてしまえば、互いの唇の間を遮るものは何もない。湊吾もきっと、それを分かっている。分かって、やっているのだ。

「ねぇ、たんま……」
「……ご自分でこぼしたんでしょ。責任もってこちらをお飲みなさい」

 すんでのところで我に返った反町は、湊吾の唇にラムネ瓶をぐいっと押し付け、自分は上体を逸らして涼しい顔をしてやる。何も察しなかった、なんとも思わなかったという態度を取った。
 湊吾がラムネを受け取ったのを確認してから手を離し、自分の分のラムネを開栓する。ぷしっと小さく鳴ったあと、ガラスにビー玉が落ちるカランという涼やかな音色が、少し心を落ち着かせてくれた。

 「……ちぇ」

 聞こえるか聞こえないかの、ささやかな不服。
 油断も隙もない。
 熱く駆り立てられた身体の内側を冷やすように、反町は冷たく弾けるラムネを煽ったのだった。



end.



プラセボ】こち様への贈答品。
ひっそり行われた浴衣祭りの絵に触発されてのイメージテキストでした。



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高嶺の花

※第三者視点です。

============================================================


 卒業式でもない限り、男に花束なんぞは似合わない。
 それが持論だった久保にとって、目の前の光景は衝撃だった。
 岡山駅で停車していた電車に、着物の人物が発車直前に乗り込んできた。
 一瞬車内の空気が止まったようになったのは、和服が珍しかったからではない。その人物が、はっとするほど整った顔をしていたからだ。
 長い髪をゆったりと無造作にまとめたその美人には、しかし立ち居振舞いに女らしさはなく、よく見れば纏う着物も男物だ。
 だが包装紙にくるまれた水仙の花を両手いっぱいに抱えている人物が男であると即座に気づいた者はいないように思われた。性別を疑うほど、端整な顔立ちをしていたのである。
 華やかでいて上品な水仙の薫りが、ふわりと車内に拡がった。
 すっと姿勢の良い白い花は、見目も香りも男の美貌になんと似合っていることか。
 滑るように電車に乗り込んだ彼は、座席に空きスペースがないことを視線の動きだけで見て取り、他の車両に移るでもなく、諦めて扉近くに立つことにしたらしい。
 腕に抱かれた水仙のようなすらりとした立ち姿に、彼に気づいた者達皆が見惚れている。その内、友達と黄色い声で何事か囁き合っていた女子高生が、座っていた席から立ち上がり、おそるおそる和装の男に近づいていった。

「あのっ」
「……はい」

 穏やかな声で返事をした綺麗な男とまともに視線を合わせられ、彼女達は一気に頬を赤くする。少女二人は互いに袖を摘まみ合い、男と先程まで自分達が座っていた席とに落ち着きなく視線をやり、身振りでそこを示した。

「あの、どうぞ座って下さい……!」
「いいんですか?」
「はい! どうぞっ」

 女子高生から見れば随分な年上だろうが、男は二十代半ばあたりで、確実に席を譲られる年齢ではない。彼が持つ荷物も花束ぐらいのもので、特別大仰な物ではないのだ。
 綺麗な男に声をかけたいが故の、彼女らの口実に過ぎないのは見え見えだった。しかし、断れば少女達が恥をかくと考えたのか、渋ることなく彼は申し出を受け入れた。

「では、遠慮なく。ありがとうございます」

 ふわりと雅やかな花笑みを向けられ、女子高生達は一気に色めき立つ。
 電車の揺れなどものともせずゆったりと歩み、体重を感じさせない優雅な仕種で腰を下ろした男は、もう一度少女達に微笑みかけた。
 それを見て、またも茹で蛸のように赤くなった彼女達は、口許を押さえて友達の肩を叩き、叩かれたほうは相手の鞄の紐を掴んで揺さぶり、なぜか膝を小刻みに揺らしたりと、奇妙な動きを取る。悲鳴をあげて、飛んだり跳ねたりしてはしゃぎたいのを、懸命に我慢しているらしい。
 喜悦と優越感で奇っ怪な動きをしている女子高生は、まるでアイドルと言葉を交わしたかのような反応だった。
 まぁ、その気持ちも解らなくもない。
 久保とて、彼と会話ができれば、翌日まで頬は緩んでいるかもしれないからだ。
 それからは、静寂だった。水仙の香りで満たされた電車は、静かに暗闇の中を走っていく。
 いつもならば久保は居眠りの真っ最中なのだが、今日は眠る気にならなかった。他の乗客同様、眉目秀麗な男にちらちらと視線を送る。こちらを見てほしいような、伏し目がちのまま微動だにせずいてほしいような、複雑な気分だった。
 やがて倉敷駅に着いた電車は、駅名を告げて扉を開く。
 すり抜けざま水仙を抱えた男は、もう一度少女達に「ありがとう」と告げ、足早に改札へと向かっていった。
 思わず追いかけるように改札へ向かった久保は、声をかける勇気もないくせに無様に後をついていく。甘やかな薫りにつられてふらふらと飛ぶ、愚かな羽虫のようだ。
 南口の階段を降りていく途中、彼は長い髪をほどいてしまい、それが下から吹き上がってくる冷たい風に煽られてなよやかになびく。
 この黒髪に指を通すことができるのは、どのような女性なのだろうか。女が気後れするほどの美貌を持つ男の恋人に納まるには、いかほどの美を備える者なのか。
 そんなことをぼんやり考えていたためか、目の前で彼がぴたりと立ち止まってしまっていることに気づくのが遅れ、危うくぶつかりそうになる。

「……おかえり。お疲れさん」

 階段を降りてすぐの煉瓦の柱にもたれていた男が、親しげに彼へ声をかけた。
 かなり背の高い男だ。
 年齢は彼とさほど変わらないように見える。眼鏡の奥の少し垂れた印象の眦が愛嬌ある顔立ちに見せているが、間違いなく相当いい男の部類に入るだろう。
 麗容な彼の隣にいても、見劣りしない格好良さを備えていた。

「迎えに来てくれたんですか? いいのに」
「大荷物を抱えて帰るなんてメールしてくるからだろ。……それにしてもまぁ、また目立つ格好で帰ってきたもんだな」

 かなり親しげな様子だ。
 つい立ち聞きしていたくて懐から携帯電話を取り出した久保は、メールのやり取りをしている風を装ってその場に残った。

「スーツに花、よりかは目立たないと思ったんですが……」
「いや、変わんねーし。……ていうか、花抱えてる人ってのは、どうしたって目立つ。何着てても同じだろうな。……それに」

 コートのポケットから手を出した男は、何気ない仕種で風に乱された彼の黒髪を整えるように梳いた。

「おまえだし」

 格段に甘さを含んだ声だった。
 愛しい大事なものを撫でるように、佳人のこめかみ辺りから差し込んだ指で何度も何度も艶やかな長い髪を梳いてやっている。
 もつれた感触がようやくなくなったのか、仕上げとばかりに彼の耳へ髪をかけてやり、男は名残惜しそうに手を引いた。その間ずっと、彼は当然のようにじっと男のすることを享受していたのだった。
 親しい、なんて表現では言い表せないほどの親密さだ。

(これは……もしかして)


「……そう。じゃあ、次からはマスクとサングラスを忘れないようにします」

 彼が発した声に、久保ははっと我に返る。

「帰りましょう。……歩いてきたんですか?」
「いやいや。寒いから車で。すぐそこのパーキングに止めてある」

 自然な仕種で彼の抱えていた水仙の花束をひょいと取り上げた男は、良い香りなどと言いながら先に歩き出す。
 それに従うように彼もふわりと動いた。

「ところで何これ。茶道の先生に貰ったの?」
「床の間に生けるために必要だからとご主人に頼んだら、あまりに大量に持って帰ってこられたそうで」
「ははっ。怒られただろうなぁ、旦那さん」
「山じゅうの水仙を取ってきたのかって叱ったそうですよ」

 さすがにもうついて行くわけにはいかない久保をその場に残して、二人は仲良さげに話しながら立ち去っていった。
 関係性を邪推しようと思えばいくらでも邪推出来そうだが、面倒見の良い年上の友人という可能性もある。

(敬語を使ってたな)

 上司か、或いは先輩か。
 男とはいえ、あれだけ見目麗しい人ならつい構ってしまいたくなるだろう。懐かれれば尚更である。
 さも当然の如く目の前で麗人をさらっていった男への羨望を隠しきれず、久保は虚しいスライドをやめてスマートフォンを内ポケットに仕舞った。
 そして自分の姿を改めて見下ろし、小さく溜め息をつく。
 残業帰りでくたびれた顔に、よれたスーツの上から型落ちのコート。
 あの美人の隣を歩いたところで、ただの道化だ。
 のろのろとその場から動こうとした時、重いエンジン音を響かせながら、真っ黒なRX-8が駅前の道路を走っていった。
 乗っていたのは――先程の二人。

(なんかもう、完敗だ)

 何一つ取っても敵わない。
 あんな勝ち組、見るんじゃなかった。
 今度は大きく息を吐き出した久保は、次の電車を待つのも嫌で、ロータリーに停車していたタクシーに乗り込んだ。

「水島まで」
「……お客さん。なんでここで降りたんです?」
「あー……その。ちょっとした、間違いで……」

 駅から出てきたのを見られていたことに羞恥を感じたが、曖昧な言葉で誤魔化す。
 愚かで儚い夢に惑わされた途中下車の代償は、ずいぶん高くついたのだった。



end.



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蠱書 2





 気乗りのしない声を出した一ノ木は、ふと黙り込んだ男を訝しむ。
 尻切れな会話を妙に思い顔を上げると、カウンター越しにこちらを真っ直ぐ見つめる淡い色の瞳と視線がかち合った。しばらく見つめ合い、だが一向に逸らされない視線に飽いて、一ノ木は手元の紅茶に目線を戻す。
 さすがに昔ほどの気詰まりさは感じないが、梶浦のその行動は不可解で、そしていつも一ノ木を感心させた。
 昔――そう、大学生の頃から、一秒たりとも目を離すのが惜しいとでもいうように、梶浦は一心に一ノ木を見つめ続けるのだ。暇があれば、見ている。それは十年以上経った今でも変わらなかった。よくもまぁ、飽きもせず眺めていられるものだと感心するほどに。
 潰してしまったオレンジをソーサーに避け、砂糖を入れて陶器のスプーンでゆったりとかき混ぜる。
 ステンレスの舌触りを嫌がる一ノ木のために、カトラリーは陶器製か木製のものが揃えられてあった。割り箸も自分が好まないので、塗り箸ばかりだ。
 甘やかされているな、と思う。
 一ノ木の、我儘ともいえる細かな好みを、梶浦はすべて叶えようとしてくれる。おまえの感覚は、俺よりもずっと繊細なんだなと笑いながら。
 言った本人ですら忘れている時もあるような、何気なく呟いた些末な事柄すらも覚えているのだ。遠慮をしようと思えば、口に出さないよう気をつけるしかなかった。
 それでも、今のように一ノ木から目を離さない梶浦は、自分の反応で好きか嫌いかを見抜いてしまう。
 だが、なぜそれを好むのか、という理由までもは判らないようだった。
 それもそうだ。よほど明確な原因がない限り、嗜好に理由などない。嫌いな理由を挙げられても、好きであることには説明などつけられない。

「……で。涼介のことだけど」

 甘く爽やかなシャリマティーを一口啜った一ノ木に、梶浦は唐突に話を蒸し返した。

「ん? あぁ……」
「履歴書見に行ってくるよ。住所判ればネットで地図調べられるし、見ればだいたいの場所は判るから」
「今から?」
「ん? 傍にいてほしい?」

 にこっと笑いかけられた一ノ木は、馬鹿馬鹿しい発言にひとつ溜め息を吐き、冷ややかな視線を投げつけた。
 そんな凍てつく反応をものともせず、梶浦は嬉しそうに微笑んだままだ。

「……あ、そうだ。いきなり行くのもなんだし、一応前もって連絡入れとくかな」
「声の様子で酷いようなら、遠慮するんですよ」
「解ってるよ」

 ポケットから携帯電話を取り出した梶浦は、呼び出している間に自分の分の紅茶を持ってカウンターを回り、ダイニングテーブルまで歩いてくる。ソーサーの上でティーカップが滑らないかとか、中身を零しそうだとか危ぶむ心配をしないで済むのは、さすがというべきか。
 一ノ木のはす向かいに腰を下ろそうとした時、コールが途切れたらしい反応をした梶浦の顔が、ふっと心配そうな笑顔に変わる。

「もしもし? 涼介、調子はどう……、……はい? 優介?」

 笑みがなりを潜め、今度は軽い驚きに彩られた怪訝な顔つきになった。
 よくもまぁ、これだけころころと表情が変わるものだ。
 百面相をすることのない一ノ木には、感情をそのまま顔に表す感覚は理解できない。職業上、架空の人間達のあらゆる感情を想像しながら生活しているのだから、それらを全て表に出していてはただの奇怪な人物である。通報レベルだ。様々な人間模様を脳内で繰り広げつつ、一ノ木はいつも無表情を貫いていた。
 シャリマティーを一口口に含み、電話の会話を聞くとはなしに聞きつつ再び書誌に視線を落とす。

「これって涼介の携帯……だよな。何やってんだよ。……いや、確かにそうかもしれんが、出るのはどうかと思うぞ……。え? ……いや、まぁそうだけど」

 察するに、角南涼介の兄が、弟の携帯電話を預かっているのだ。しかしながら、それは持ち主に了承を得たものではなく、彼の勝手な判断によるものと見える。
 弟が大好きな彼のことだから、着信やメール受信などに煩わされることなく寝んでほしいと気遣っての行動なのだろう。が、着信に応対するとは何事か。
 学生時代、梶浦が優介のことを「気遣いのできるデリカシーのない男」と表現していたことを、ふと思い出した。

「涼介の具合どうよ? 明日、見舞いに行こうかと思ってるんだけど……え、明日アイツしかいないの? じゃあ、行ったらまずいかな。…………いいのか?」

 やたら長い無言の最中、梶浦が目線と指先で一ノ木を呼ぶ。
 音を立てぬようそっと彼の傍に移動した一ノ木は、会話が聞こえる位置にまで上体を屈めた。必然的に頬がぶつかりそうな距離にまで顔が近づく。

『……ですよ。俺も仕事で留守にしますけど、来る時間決めてくれたら、涼介にはその時間起きとくように言っとくし』
「寝てなくて大丈夫なのか?」
『平気ですって。家の中にいる限りは元気ですから』
「なんだそりゃ」

 笑いながら、おまえみたいだと言いたげな視線を寄越してきた梶浦だが、間近にある一ノ木の真剣な表情を見て笑みを引っ込める。

「……どうした」
『え? なんですか?』
「いや、こっちの話。……じゃあ、明日の二時頃にお邪魔してもいいかな。駄目ならメールくれるか?」
『わかりました』
「お大事に、って伝えといてくれ」
『ありがとうございます。それじゃ』
「またな」

 通話が終了するより先に上体を起こした一ノ木は、梶浦がこちらを見ていることを感じながらも、何も言わずその場から離れて自室へと向かった。
 リビング・ダイニングを出て、短い廊下の右手側にあるのが一ノ木の寝室だ。リビングと隣接している和室の押入れからも出入りはできるのだが、クローゼットを出入口とすることを良しとしない一ノ木は、いつも廊下にある本来のドアを使用した。
 六畳の寝室にはセミダブルのベッドとワードローブ、それとシンプルなデスクがあるだけで、装飾品のようなものは特に置かれていない。
 執筆中には資料がうず高く積まれる机だが、今は殺風景に、閉じられたノートパソコンと黒い本が一冊乗っているだけだ。商売道具であるパソコンには触れず、すうっと一撫でしてから冊子のほうを手に取った。
 黒い表紙の、古びた和綴じの本。
 頁数はたいして無いのだが、一枚一枚が手漉きの和紙でできているため、案外厚みがある。かなり昔の物であろうに、今尚鮮やかな緋色の糸が、色褪せることなく紙束を纏めあげていた。
 これは元々、梶浦の実家の倉にあった物である。大学四年生の夏休みに訪れた際、訳あって一ノ木が譲り受けたのだった。

「一ノ木」

 ついてきていたらしい梶浦が、戸口から声をかけてくる。振り向いた一ノ木と目が合うと、部屋に入ってきた。

「……それ、持っていくのか」
「必要だと感じたんでね。……勘でしかありませんが」
「霊現象だと思ってんのか? ……涼介に霊感はないと思うけどなぁ……。書けるだけの体験はしてないんじゃないかな」
「書くことがなくても、使う状況になるかもしれない」

 ぽつりと呟き、一ノ木は今一度和綴じの本に目を落とす。
 剣道の師範である梶浦の祖父の家は屋敷と呼ぶに相応しい造りで、敷地内には大きな剣道場と倉が建っていたが、それでも尚美しい庭は広大だった。
 その倉にて見つけたのが、この和綴じの黒い冊子である。
 一目見て奇妙なものと判るのに、何の封印も施されておらず、棚の隅に無造作に置かれていた。梶浦の祖父母に訊ねるもこれに心当たりはないらしく、何時如何様にして倉に持ち込まれた物であるかも不明だという。悪意のようなものは感じなかったので、偶さか自分が見つけたことを呼ばれたのだと判断し、譲ってもらったのだ。
 しばらくは、気軽にメモ帳代わりに使っていた。ネタ帳と表現するほうが正しいかもしれない。小説に使用できそうな細やかな経験や思想を、この和綴じの本にとりとめもなく書き留めていたのである。
 これの持つ特殊な力を知ったのは、ごく偶然だった。
 吸い込まれるようにじっと本を見つめていた一ノ木の肩に、温かい手がぽんと乗せられる。

「紅茶、冷めちまうぜ」
「……ん」

 明日忘れぬよう、鞄に冊子を放り込もうとした一ノ木は、ぴたりと一瞬手を止めた。

(本が、喜んでいる……)

 一ノ木の持つ特異な能力が、黒い本の意識を拾い上げる。
 喜びの感情――それは、明日遠足を控えた小学生の高揚感に似ていた。
 これは、明日の角南家で確実に必要となる予兆だ。
 一秒にも満たぬ意識の触れ合いに目を閉じ、一ノ木は梶浦に促されるまま自室を後にした。





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蠱書 1




 いつか、床が抜けるのではないか。
 本来の使われ方をしていないウォークインクローゼットに足を踏み入れるたび、梶浦はそんな危惧を抱かずにはいられなかった。
 左右の壁上下段ともみっしりと本で埋め尽くされたクローゼットには、衣類は欠片も見当たらない。最早これはクローゼットというより書庫である。
 では、ここに収納されるはずだった衣類がどこに行ったかといえば、それはわざわざ部屋に置かれたワードローブに仕舞われていた。確かに、本棚を設置するよりかは部屋が広く使えるかもしれない。
 それにしても、衣類も量があれば大概重いものではあるが、書籍の比ではないだろう。このマンションの棚と床の強度に感心しながら、梶浦はこの大量の書物の中にあるはずの、自分が購入した本を探し始めた。

「……あれ? 俺の本って、この辺にまとめといたはず……」

 見落としたか。それとも、またぞろ一ノ木の奴が整頓と称して動かしたのだろうか。
 一ノ木秀真――このクローゼットのある部屋の主である。
 大学時代からの友人で同居人でもある彼は、インテリアなどに一切こだわることはないのだが、書物の並びにだけは妙に細かかった。
 出版社別から始まり、作者の名前順、分類別と、まるで本屋か図書館である。時折、思い出したかのように整頓される本棚には所々梶浦の私物も混ざっており、そのおかげか『本を探す』という目的のみでならば、彼の部屋には立ち入り自由だった。
 とはいえ、親しき仲にも礼儀あり、だ。部屋の住人が不在の時に勝手にドアを開けて入ることには抵抗を覚える。なので、普段は隣接している和室側にもあるドアから入るようにしていた。だが今日は不可能なのだ。
 その和室にて、一ノ木が接客中だからである。
 リビングに客がいたところで入りにくいことには変わりはないのだが、四畳半で対面している者たちの真ん中を「ハイ失礼しますよ」と通り抜ける強心臓は、さすがに持ち合わせていない。

「……んあ。こっちにあった……」

 探索していた側ではないほうの壁から目当ての書籍を探り当てた梶浦は、それをそっと引き出した。
 ふと、隣に並んだイギリス庭園の本に興味を引かれ、ペラペラと気儘に立ち読みをしていると、和室から会話が聞こえてくる。

「……映画化ですか」
「はい。そうです。……いや~、それにしても、一ノ木先生がこんなにもお綺麗な方だとは思いませんでした。先生ご自身がご出演なさっても充分に……」
「話が逸れています。ご用件は映画化の話だと伺いましたが」

 高いとも低いとも取れる掠れたような不思議な声。その声音は硬質で、表面だけの褒め言葉には一切揺らがない。いっそ小気味良いぐらいにきっぱりと世辞を撥ねつけられた客は、焦った様子で本題に入った。

「そうなんですよ。最も人気の高い先生の処女作『螺旋の呪縛』をぜひとも……」

 阿るような話し方をする男の、揉み手の様子までもが目に浮かぶようだった。

「確かにあれは、ありがたいことにファンが多い。私自身も、未だあれを超えるものは書けておりません。……そういうわけですので、映画化の件はお断り致します」
「えっ」
「スクリーンに私の文章が流れるわけではないのでしょう? 映画というからには映像化されるのですよね」
「そ、そりゃあ勿論。なんでしたら、先生ご希望の役者を指名して戴いても……」
「いえ。私にそんな権限はありませんよ。……読者には既に『螺旋の呪縛』のイメージができています。それは、たとえ同一の物を読んでいても、読者一人一人総て異なるもので、私はそれを壊したくない。また、読んでいない人に固定のイメージを植えつけたくないのです」
「言いたいことは解りますが……」
「怪奇小説ですから、やはりホラー映画になるのでしょう?」
「まあ、そうです」
「そうすると、恐怖の山場とやらがあるわけですよね。それも人それぞれです。頂戴するお手紙を読んでいても、一番怖かったと評される箇所は人によって違います」

 一ノ木は気鋭の怪奇小説家だ。雑誌の連載から書き下ろしの新作まで、毎月必ずどこかに締切を抱えていた。
 そんな人気作家の人気作品を、数年前のジャパンホラーブームが放っておくはずもない。一ノ木の元には度々作品の映像化の依頼がきたが、かの文士殿が首を縦に振ることはなかった。

「お帰り下さいませ。あの作品だけは、いかなる映像化も致しません」

 無感情かつ辛辣な言葉。いかな説得も聞き入れないと断言する口調に、いよいよ万策尽きたらしい映画関係者も諦めたらしい。定型文のような挨拶を交わし、梶浦は彼が帰る音を聞いた。

(しっかしまぁ、もうちょっと言い方ってもんがあるだろうに)

 曖昧な態度で茶を濁すように逃げ続けるよりかはしつこく口説かれずに済むのだろうが、それにしたって冷酷である。
 しかしこれでまた、一ノ木への噂が確立されたというわけだ。
 『一ノ木秀真は頑固な偏屈爺』――それが、世間で彼に囁かれている噂であった。
 梶浦に言わせれば、『頑固で偏屈』までは合っている。ただ、彼は自分と同じ二十七歳であり、あいにく爺ではない。
 それはともかく、あの男は頑固者で、同居人である梶浦の言うことすら滅多に聞かなかった。誰か奴を自由に言いなりにできる人間がいるなら、会ってみたいものだ。そして是非とも、その方法をつまびらかに問い質したかった。伝授してもらえるならば、どんな努力も惜しむまいと思うのである。
 人の気配が消えたことを確認し、梶浦は和室側のドアを開け、ウォークインクローゼットから出た。リビングにも誰もおらず、どうやら、あの男はご丁寧に玄関まで見送りに行ったらしい。
 キッチンに立つと、深い溜め息と共に、一ノ木が戻ってきた。ケトルを火にかけながら、梶浦はにこやかに同居人へ声をかける。

「お疲れさん、一ノ木。これでまた、映画業界から恨まれたな」

 真っ直ぐにこちらを見上げてきた顔は、他者の官能を掻き立てる、実に匂やかに整った美貌だ。梶浦の揶揄する口調に僅か険しさを見せても、それは妖麗だった。
 淹れたてのコーヒーのような深みのある褐色の瞳は、目を酷使する執筆業にも拘わらず、常に澄んでいて濡れた輝きを持っている。長く豊かな睫毛に縁取られた彼の目を、梶浦は誰よりも好きだった。
 目だけではない。すっと繊細に通った鼻梁、柔らかな赤い唇、完璧な黄金率で並んだそれらパーツを包む輪郭すらも愛おしい。腰に届きそうな長い黒髪も、艶やかで指通り良く、愛でずにはいられなかった。
 とどのつまり、一ノ木という男の総てを、梶浦は愛していた。
 その愛しくも美しい顔が、苦々しげにしかめられる。

「盗み聞きですか? いい趣味ですね」

 不快である気分そのままのような口調で嫌味を言われた。
 軽い八つ当たりに首を竦めた梶浦は、苦笑混じりに手にしていたムック本を掲げて見せる。

「とんでもない。書庫で探し物をしてたら聞こえてきたんだよ」
「聞こえてきたなら、全部聞かずに退出すべきでしょうが」

 どうせ聞いていたのだろう、と言外に詰られる。品のなさをあからさまに責める口調だった。昔から変わらぬ丁寧な物言いが、余計に冷ややかさを煽る。
 柳のようにたおやかな外見をしているくせに、性格はなかなかに苛烈で辛辣だ。不機嫌ならば尚更である。
 だが、その冷ややかさもたまらない。

「ごめんごめん。それと、部屋に入ったぞ。悪いな」
「それは構わない。……何の本を探してたんですか?」

 すすっと近づいてきて、カウンターに置かれた本を覗き込んでくる。

「紅茶の基本……?」
「ちょっと読み返したくなってね。ついでに、シャリマティーを淹れようかと……好きだろ、一ノ木」

 一〇センチほど低い位置から見上げてきていた澄んだ珈琲色の瞳が、僅か嬉しげに細められた。
 機嫌が上昇しつつある笑顔に、思わず見惚れる。
 綺麗な顔だ。そろそろ見飽きても良さそうな付き合いの長さなのに、一向に倦むことがない。むしろ、瞬きする間も惜しいぐらい、ずっと眺めていたかった。
 偏屈爺と言われている男が、こんなに容姿端麗な人物だと知る者は、実は少ない。人があまり好きではない一ノ木が、余計な詮索を厭ってプロフィールを公開しないため、デビュー当時から、その人物像は謎に包まれたままだった。
 一ノ木が、梶浦の探してきた『紅茶の基本』というムック本を手に取る。手慰みにページを捲り始めるが、その内、集中し始めてしまった彼は、目線で「いい?」と訊ねてくる。よほど趣味に合わないものでない限り、一ノ木という男は『読む』ことを止められないのだ。
 くすりと笑って梶浦が頷けば、嬉しげに微笑みを返して、一ノ木はダイニングテーブルに着いた。

「わざわざ倉敷くんだりまでおいで下さったのに、残念だったなぁ。さっきのオジサンも」

 ティーポットに茶葉を入れながら、先程の話を蒸し返してみる。
 叱られたらやめよう。

「電話では埒があかないと思ったんでしょ。一応断ったんですが……ああいう業界の人は強引ですね。勝手に約束を取りつけて来てしまったよ」

 怒りはしなかったが、やはり不快感は残っているのか、フォションのページに綺麗な指を滑らせつつ、一ノ木が子供のように唇を尖らせた。
 その唇に自分のそれを重ねたくなるが、我慢我慢、である。

「最近、映画もヒット作品がないからなぁ。必死なんだろうよ。来年の夏に間に合わせようと思えば、今から撮り始めないと」
「だったら、尚更、間に合わないだろうに。私の作品は脚本仕立てではありませんよ」

 映画製作の仕組みを詳しく知っているわけではないが、夏公開の映画は冬に、冬公開の映画は夏に撮影されていることが多いと、俳優のインタビューなどではよく言われる。
 沸騰した湯をティーポットに注いだ梶浦は、蓋をして砂時計を引っくり返した。カップに残りの湯を注ぎ入れて温め、オレンジを切っておく。
 括れからさらさらと流れ落ちる白い砂をしばらく見ていた一ノ木だったが、やがて、再びページを繰り始めた。
 その様子を、梶浦は黙って見つめる。

「……そういえば」

 ふと顔を上げた一ノ木が、普段の鋭い眼差しをきょとんと丸くして訊ねてきた。

「梶浦。店はどうしました? 定休日は明日でしょう」
「ん? 今日は臨時休業。うちのシェフが風邪でね」
「角南くんが? 珍しいですね。……けど今朝、店に行きませんでした?」
「昨日、ほんとに具合が悪そうだったから、早めにクローズかけて帰ってもらったんだ。時間が来たらバイトの子も帰さないといけないし……だから色々と後片付けが残っててね。店には掃除しに行ってただけだよ」
「ふぅん……」

 何の感慨もなさげに呟いた一ノ木を横目に見つつ、カップの湯を捨て、紅茶を注ぎ入れる。そこに輪切りのオレンジを浮かべて、カウンター越しに差し出した。
 受け取った一ノ木が、シャリマティーの華やかな香りを肺いっぱいに吸い込み、花笑みを浮かべる。
 が、すぐに思案顔になった。

「……変ですね」

 淹れた紅茶を失敗したかと、梶浦は胆を冷やした。

「何が?」
「角南くんが体調を崩すことが」

 予想とは全く違った言葉に肩透かしを食らい、しかしあまりな言い分に片眉を引き上げる。

「おいおい……そりゃ涼介だって人間なんだから、体調悪い時ぐらいあるだろうよ」
「定休日直前や定休日にではなく? こう言ってはなんですが、彼は社畜でしょう?」
「あぁ、まぁ……確かに」

 そう言われると、確かにそうだ。
 角南涼介はシェフやコックというより、どちらかと言えば板前と表現するほうが正しい男である。梶浦の大学の後輩の弟なのだが、明朗快活で軽い雰囲気の兄とは違い、彼は実に硬派で生真面目だった。
 寡黙で職人気質な角南は、一ノ木が指摘した通り、定休日かその前日の夜にしか体調を崩さない。そして、必ず翌日には全快で出勤してくるのである。

「……確かに、おかしいな。よし、明日様子を見に行こう」
「見舞う気ですか? ……私も?」
「おまえが言い出したんだろ。おかしいって」
「まぁ……そうだけど……」

 なんとなく気乗りしない態度で言葉を濁した一ノ木が、紅茶に浮かぶオレンジをつついている。あれだと、そう時間はかからず果肉部分は潰されてしまうだろう。
 自分のぶんのミルクティーを作った梶浦は、熱すぎて飲めない紅茶を持て余している美貌を見つめた。
 大学の合格発表の日、偶さか誰もいない掲示板の前で見つけた男。清冽な横顔に、一目で心を奪われた。以来、ずっと彼だけを追っている。
 精緻な美貌は、合格なのか不合格なのか判断しかねる無表情で、隣に並んだ自分をちらとも見ないままに立ち去ったが、梶浦は彼の合格を祈った。あの美人とキャンパス・ライフが楽しめるのだと思うと、ここに通ってくれることを願わずにはいられなかったものだ。
 元々、梶浦は男女問わずよくもてたが、学生時代も現在も、誰と遊んでも誰を抱いても、所詮身代わりで処理でしかなかった。瞼の裏では、常にこの男を犯している。
 自分が女とまともに付き合えない性癖だと解っているから、梶浦は関係を持ちたがる女には先に「恋人にはなれない」と告げるようにしてあった。それでも構わないと宣う女しか抱かない。
 一緒に暮らしていても、どれだけ好きだと伝えても、一ノ木は冷徹で気高く、簡単に梶浦に身体を許してくれなかった。もしかすると、一生、妄想の中の一ノ木としか交われないかもしれない。そんな危惧さえ懐くほど、この男は高潔なのだ。
 冷えたと言っては梶浦のベッドに潜り込んでくるくせに、まったく残酷な男である。






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風鈴



 チリ、リリ、リと軽やかな音が響く。
 音のしたほうへ一ノ木が首を向けると、陶器製の丸い風鈴が窓の傍で揺れていた。

「……何の音かと思った」
「何の音だと思った?」
「いえ、猫でも侵入してきたかと」
「四階だぞ、おまえ」

 悪戯が成功した時の子供のような顔でにこにこと笑っている梶浦は、一ノ木の気を引けて嬉しいらしい。
 センターテーブルに本を置き、ソファーから腰を上げた一ノ木は、ゆらゆらと風に揺らされている風鈴へと歩み寄った。アジアン調のデザインの紋様と、象と駱駝のシルエットが描かれている。

「百円ショップで見つけたんだ」

 弾むような口振りで聞いてもいないことを教えてくれた男は、扇風機が回っているにも関わらず団扇で自身を扇いでいる。
 九月も半ばに差し掛かろうという時期だが、まだまだ暑い。自分よりも格段に暑がりの梶浦にしてみればエアコンをつけたいのだろうが、一ノ木が寒がって自室に籠ってしまうことが嫌で我慢をしていた。

「……一気に安物に見えることを言わないで下さいよ。せっかく褒めようと思ったのに」
「褒めてよー。安モンでも結構いいだろ? 百円ショップも侮れないな」
「どうせなら夏に買ってくればいいものを」
「えー? だってさぁ、夏って風ないじゃんか。ぶらさがってるだけの風鈴なんか意味ないし」

 確かに、そよとも吹かぬ風に風鈴の音色を期待しても仕方がないかもしれない。
 空調を効かせている間は窓も締め切っているのだし、聞こえはしないだろう。

「来年からは、エアコンの前にぶら下げればいい」
「おぉ、名案。来年、また教えてくれ。俺は絶対忘れてそうだ」

 そう言いながらも、梶浦はどうやって天井から風鈴を吊り下げようかとぶつぶつと早速シミュレーションしていた。
 その様子に小さく唇の端を上げた一ノ木は、またソファーに座り直す。正面に腰かける梶浦のアンバーの瞳が、ふっと一ノ木を捉えた。
 そのまま何を言ってくるでもないので、奇妙な一瞬の沈黙を訝しんで首を傾げる。

「……風鈴っていえばさ、俺、南部鉄の風鈴好きなんだよな」

 だが、瞬間の静寂をまるでなかったもののように、梶浦が会話を進めた。
 一ノ木は人の心が視える特殊な質だが、時折、この男の感情だけ読み取りにくいことがある。他の誰よりも分かりやすいはずなのに、感じ取れないということは彼が本当に空虚だからだ。
 時々、梶浦はどこかに心を置いてくる。
 どれだけ陽気にしていても、この男には深い虚があった。

「あれ、すっげえいい音しねぇ?」
「……うん、私も好きです」

 一ノ木は、そこには敢えて触れない。
 困らせるだけだから。

「見た目は硝子の風鈴のほうが涼しげでいいんだけど、あれってカラカラ鳴るだろ? 音が味気ないんだよな」
「南部鉄は重苦しい外見だけど、音色の涼やかさは何ものにも勝る。あの響く伸びやかな澄んだ音は、確かに暑さを和らげてくれますね。空気そのものを冷やす清涼感に満ちた音色だ」
「さすが小説家。そんな表現聞いたら、絶対売上伸びるね」

 販売員にでもなったら? と笑う男に、あの虚ろさはもうどこにもない。
 一瞬の心の空虚に、梶浦は気がついているのだろうか。
 それとも、無意識なのだろうか。
 ミステリアスだと言われている一ノ木よりも、もっとずっと不可解な存在なのは、実は梶浦のほうである。誰も気がつかないが。
 隠すのが上手い男の真実に、学生時代、一ノ木だけが気づいた。何も見えない深淵が視えた。
 話すことのできない、彼の過去。
 センターテーブルに置かれたアイスコーヒーのグラスの外を、結露がつうっと流れ落ちた。
 その深い茶色と同じ色をした瞳を一旦閉じた一ノ木は、またゆっくりと開く。

「……通販で、南部鉄の風鈴を買いますか」
「冬に買おう。冬に」
「意味が解らない」

 チリリ、リ、と風鈴が鳴いている。
 せっかく手に入れた居場所を奪われたくないと主張するように、伸びない音を必死に奏で続けていた。


end.



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ショコラ







 昨日も雨。今日は雷雨。しかも豪雨。
 大雨警報はずっと解除されないままで、明日には暴風雨だろうか。
 無意味にカップを磨くことにも飽きて、梶浦は展示されている眼鏡の整理をしていた。といっても、ミリ単位の傾きを揃えてみたりなどといった退屈極まりない仕事なのだが。
 もうじき、美人のフロアスタッフがしりとりを仕掛けてきそうである。
 と、ふと店のドアの前に人影が立った。

「いらっしゃい……ま、せって、おまえか」
「おまえとはなんだ。客ですよ」

 シャランと涼やかなドアベルに負けない涼しげな声音。高いのか低いのか判然としない不思議な声の持ち主は、さっさと空けられた自分の定位置に腰を落ち着けた。
 マオカラーのシャツに長い黒髪。圧倒されるほどの美貌の男は、梶浦の同居人且つ恋人である。

「何にする? いつもの?」
「いや、カフェモカを。甘めでよろしく」
「かしこまりました」

 エスプレッソマシンがコーヒーを抽出する音を奏で始めると、一ノ木がぐるりと店内を見回した。
 普段のこの男ならば、到底しない行動である。真面目な一ノ木はそんな不躾な真似をしたりしないし、何より目立つことが大嫌いなのだ。わざわざ衆目を集めるようなことをしでかすはずがなかった。
 つまり――

「……どうしたんですか? 閑古鳥が鳴いているじゃないですか」

 店内は、この男以外の客がいないのである。
 スチームミルクを作りつつ、梶浦はつんと柄悪く唇を尖らせ気味にした。

「そりゃおまえ……しょうがないだろ。こんな天気じゃ、来る客なんか雨宿り目的か余程の物好きだ」
「へぇ。……では、私は後者ですか」

 熱いエスプレッソを注ぎ入れ、その上にスチームミルクをそっと流し込んでからチョコレートシロップを加える。最後にホップクリームを乗せ、トッピングとしてチョコレートソースとココアパウダーを。
 漂ってくるチョコレートの良い香りに、一ノ木の華奢な顎が少しだけ上がる。

「お待たせ」
「良い香り……」
「寒がりだな、相変わらず。そんなに寒いなら部屋にいたほうが良かったんじゃないのか?」
「……いて、良かったんですか?」

 上目遣いにちらりと梶浦を見上げた一ノ木は、スプーンをゆったりと動かしながら梶浦を試すような妖艶な笑みを閃かせた。
 ぞくりと来ない人間がいるのなら、見てみたい。

「あぁっ、嘘嘘! 来てくれて嬉しいです~! その顔、店で一日一回は見ないとやる気出ないんだよなぁ」

 手を組んで顔の横で振りつつ茶化す口調で答えた梶浦に、一ノ木は唇の端だけで笑い、またカップに視線を落とした。
 ふわふわの泡も上のチョコレートもすべて混ぜて、一緒くたにしてしまうのが一ノ木の好きな飲み方である。ラテアートなど、この男の前では何の意味も持たない。むしろ、自分でそれを描きたがるほうだろう。
 甘ったるい飲むチョコレートのようなホットドリンクを優雅な仕種で一口含んだ男は、ふわりと表情を蕩けさせた。
 それにしても、基本的に一ノ木は甘党の類いではあるが、しかしいきなりこうも甘いものを欲しがることは稀である。イーハトーヴに来れば、必ず初めの一杯はメニューにはない苦めの抹茶ラテを頼む。
 そういえば何かしら疲れを溜め込んでいる時、この男はやたらとチョコレートを食らう癖があったなと、ふと梶浦は思い当たった。
 カウンターに腕を乗せ、特等席に座る男をにこやかに覗き込む。

「一ノ木。何かあったのか?」
「別に……」
「嘘だな。……仕事関係?」
「……、ご名答」

 嘘をつくのが下手だと自覚している一ノ木は、カフェモカを一口口に含んでから、溜め息と共に諦めたような声音で呟いた。

「仕事が増えたとか」
「まぁ、増えましたね。……今度、対談をすることになってしまった」
「そりゃまた」
「対談……? いや違うな。インタビューか。……新刊について、特集を組みたいのだそうで。……あぁもう……やりたくない」

 カウンターテーブルに肘をつき、手の甲に額を乗せて項垂れた一ノ木は、沈鬱な声を出してもう一度大きな溜め息を吐いた。
 こんな風にはっきりと愚痴を言うのも、これまた珍しい。大抵は秘めやかに独り黙って落ち込んでいるだけだというのに、今回は余程厭と見える。

「インタビューってことは、面と向かって? 写真とか撮られちまうのか?」
「いや、それだけは断固固辞しました」
「拒否だろ」
「いいえ。丁寧に遠慮したから固辞で合ってる。……対面も写真も駄目だし、インタビューそのものも断ってたんですが……。じゃあ電話で、とまで言うから、もう仕方なく……」

 押しきられたわけか。
 頑固なわりに、一ノ木は案外押しに弱い。
 そもそも、自分との仲だって梶浦の粘り勝ちといったところも大いにあった。人が良いのか諦めが早いのか、強く迫り続けられると断り切れないらしい。

(その内、誰かに襲われねぇだろうな)

 近寄り難い雰囲気のおかげで遠巻きにされがちな一ノ木だが、近付こうと思えば意外と楽に近付けるのだ。ろくろく力もない華奢な一ノ木に、襲われた時抵抗できるスキルがあるとは思えなかった。
 本当は、一人でなんか放っておきたくない。
 常に傍に置いて、監視して、腕の中に閉じ込めておきたかった。可能ならば、監禁でもしてやりたいのだ。
 誰にも、触らせたくなどない。

「電話でインタビューねぇ。……よく知らんが、そんなことできるのか」

 飲み干されていたカフェモカのカップを取り上げ、今度はキャラメルフレーバーのカフェラテを前に置く。
 一ノ木はそれにグラニュー糖をざらざらと入れた。

「できるらしいですよ。録音して文章に起こすっていう作業なら、対面でも同じなんだそうです」
「へー。よく知らんが、そんなもんなのか」

 ふと、おもむろにごそりと小さな箱を取り出した一ノ木が、それの蓋を開けて中身のひとつを口に放り込んだ。そして、カフェラテを飲む。

「……チョコレート?」
「うん」
「言ってくれれば、もう一杯カフェモカ淹れたのに」
「いえ、こうも涼しいと口の中でチョコが溶けなくて。食べたかったんだけど……」

 そう言ってもう一箱取り出した一ノ木は、それを梶浦に手渡した。

「皆さんでどうぞ。結構美味しいですよ」
「サンキュ……」
「……ご馳走さま」

 席を立つ前にもう一つ、笑みを浮かべた口から覗く舌の上にチョコレートを乗せた一ノ木が、梶浦のほうへすいと腕を伸ばしてきた。
 何かと思う間もなく、口移しで唇にチョコレートが押しつけられる。

「割り切れなかったから。十四個入りなんです、それ」

 従業員三人で分けると、一つ足りないからくれたらしい。
 他に客がいないからと、随分と大胆なことをしてくれる。
 会計を済ませた一ノ木は、振り返ることもなくどしゃ降りの表へと出ていった。
 またしばらく、暇を持て余すことになりそうだ。

「チョコ食ってチョコ飲んで、チョコ置いていくって……って、なんだそりゃ」
「でも、機嫌直ってたんじゃない? 店長って凄いですね」
「……ちょっとおちょくって、気晴らしにはなったんかね」

 あの、小悪魔め。
 わざわざ誘うような真似をして、あっさりと立ち去って下さった。

(帰ったらどうしてくれよう)

 暇なのだ。
 考える時間は、たっぷりとあった。



end.



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